INTERVIEW
デンマークと東京、ふたつの距離をつなぐもの Vol.3 「デザインとクリエイティブ」

「幸福度ランキング」上位国で、世界有数の“幸福国”とされるデンマーク。現地のデザイン会社コントラプンクトから「社員交換プログラム」で日本デザインセンター(以下、NDC)勤務したヘレーネ・ウルゴー氏。彼女に話を聞く、全4回シリーズ。第3回は、ヘレーネ自身が現在の仕事に就いたきっかけ、やってきたこと、影響を受けてきたアートやデザインのことを。優れたプロファクトやインテリアが身近にあるデンマークで、ヘレーネが考えるいいクリエイティブとは?

幸福度ランキングとは
国連発表の「世界幸福度ランキング」で、デンマークは2017年度2位(2016年度までは1位)。2017年度1位はノルウェー、日本は51位。ランキングは人生に幸せと不幸せを感じる度合いを、1人当たりの実質国内総生産(GDP)、社会的支援、健康寿命、信頼性、人生選択の自由度、寛容さ、腐敗認知の6つの指標を用いて相関分析したもの。「WORLD HAPPINESS REPORT 2017」より。

NDC社員交換プログラムとは
NDCと海外のデザイン会社との交換留学による研修制度。現場で働くことで、より広い視野とスキルを身につけることを目的に行われている。2017年3月〜6月、デンマークのデザイン会社・コントラプンクトからプロジェクト・マネージャーのヘレーネ・ウルゴー氏の他、デザイナーのサンドロ・クヴェンモがNDCに勤務。NDCからも同年3月からデザイナーが1名、6月からプロデューサーが1名、デンマークのコントラプンクトで勤務している。

これまでデンマークで影響を受けてきたもの。
これまでデンマークで
影響を受けてきたもの。

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美術史を学んでいたそうですが、2008年からコントラプンクトでプロジェクト・マネージャーをすることになったきっかけは?

ヘレーネ

学生時代は、アート・ヒストリーを専攻していました。研究テーマは「インビジブル・アート」。当時から、美術館の外にあるアートというものに興味があったんです。卒業後は5年間、Bosch & Fjordというアーティスト達のところで、プロジェクト・マネージャーからキュレーターまで、あらゆることを請け負っていました。その後、友人が働いていたのがきっかけで、コントラプンクトに入社することに。最初は空間や建築を担当するプロジェクト・マネージャーとして入って、今はビジュアル・アイデンティティや戦略、空間設計のプロジェクトまでを担当しています。

もともとプロジェクト・マネージャーの仕事を目指していたというよりは、アートやデザインが好きだというバックグラウンドがあり、そういう自分の興味のある分野を扱える仕事がしたくて今につながったというのがあります。これまで関わってきた多くの仕事は同一線上にあるものです。

ヘレーネ・ウルゴー Helene Øllgaard
プロジェクトマネージャー

1972年レゴで有名なデンマークのビルン生まれ。2001年オーフス大学大学院卒業。美術の歴史と文化を学ぶ。2001年コペンハーゲンに移住しインディペンデントのキュレーターに。2003年からアートスタジオBosch & Fjordでキュレーター、プロジェクト・マネージャーとして働く。2008年にコントラプンクトに入社。現在、空間デザイン部門のシニア・プロジェクト・マネージャー兼ビジネス・エリア・マネージャー。交換プログラムでは、夫と4歳、11歳、14歳の3人の子供と来日。コントラプンクトでの主な仕事に、アルケン近代美術館ニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館南デンマーク大学ノルディックカルチャーファンドなどがある。

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どのように仕事のスキルを身につけてきましたか?

ヘレーネ

学んでいたのがアート・ヒストリーだったので、「BtoB」や「BtoC」も知らない状況からのスタートでした。小さなプロジェクトから始めて、少しずつ大きなものを担当したり、クリエイティブなプロジェクトに関わったりしながら、一つひとつを成功させ、知見を深めていくことで、スキルを上げて行きました。新しいことに取り組む度に、どう動かしていけばいいのか悩むようなチャレンジングな仕事とも向き合うことになりましたが、現場で経験して覚えていくことで、自分を成長させることができたと思います。

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アートや美学などの個人的な興味が、仕事に影響を与えることはありますか?

ヘレーネ

あると思います。ただ、仕事に直接的に影響を及ぼすということではなく、自分自身がインスパイアを受けている感じですね。
 
デザインというのは、クライアントがいて問題を解決していく点で、アートとは別のものです。ただ、商品デザインに惹かれれば買う、といったように、デザインには人を動かす要素もあります。一方、アートもいい作品を観れば考え方が変わるなど、人の行動に影響を及ぼしています。そういう意味での共通点はありますね。

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具体的に影響を受けてきたアーティストを教えてください。

ヘレーネ

20世紀の美術に影響を残したマルセル・デュシャンや、1960年代のフルクサスの活動に代表される「ネオ・アバンギャルド」と呼ばれるもの、そのなかでもオノ・ヨーコさんは、とても好きなアーティストのひとりです。
 
他に、1990年から2010年頃の「リレーショナル・エステティックス」と呼ばれる、フランス人キュレーターのニコラ・ブリオーが広めたアートの理論にも影響を受けました。それはアート作品単体というよりも、人との関わり合いがあって生まれる作品で、例えば、デンマーク人アーティスト、ケニス・バルフェットが手がけた、ドラッグ中毒者のためにコペンハーゲンに囲われた公共の場を作って更生させる過程を観せた「インジェクション・ルーム」もそのひとつです。人との関係性を本質とするアートのようなものですね。
 
「インジェクション・ルーム」はコペンハーゲン市も関わったプロジェクトなんです。ドラッグ中毒者というのは、普段、針が散らばっているような不衛生な環境で暮らしていることが多いのですが、ナースもいる安心で清潔な環境を用意することで、彼らに社会復帰の機会を作るようなプロジェクトにもなっていて、主にドラッグ中毒者の施設について考えさせるものになっています。
 
それは、社会との関わり合いのあるアートという意味で、デュシャンやフルクサスの活動ともつながります。もうひとり、美術館の外のアートという意味で、デンマーク人のアーティストでヘアレウ病院にペイントしたりしているポール・ギャニスも好きです。

いいデザインやクリエイティブとは、何だろう。
いいデザインや
クリエイティブとは、
何だろう。

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今、デンマークで注目しているデザインやプロダクトはありますか?

ヘレーネ

それは数え切れません。とてもデンマーク的だと思うプロダクトでは、日々使っているRådvad社の木製のピーラー。もはや誰がデザインしたのかを意識しないほど、身近なプロダクトになっています。
 
他にも、建築家でインテリア・デザイナーのアルネ・ヤコブセンの作品はどれも好きですし、ポール・ヘニングセンの「PH」シリーズの照明もデンマークでの生活に欠かせないものです。私が暮らしているコペンハーゲンのリビングにはスカンジナビアの照明デザイナーによる5つの照明がありますが、どれもモダンで現代的です。本を読む時、食事をする時、お茶を飲む時など、さまざまなに使い分けて楽しんでいます。

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デンマークでの一定水準のデザインの価値観は、どのように培われてきているのでしょうか?

ヘレーネ

デンマークという国は貧富の差が少なく、皆が平等な暮らしをしていて、お金や権力をひけらかすこともしない。冬の期間がとても暗いのもあり、デンマーク人は、夏の天気や太陽に感謝の気持ちを共通に持っているんです。モノが自分たちを幸せにするということではなく、そういった環境や雰囲気といったものが自分たちを幸せにするという意識があります。どんな状況の人も共通に持っている自然と人間とのつながりのある幸福観が、デザインにも反映してきたのではないかと思います。
 
そこには、“Less is more(より少ないことはより豊かなこと)”の精神があります。つまり、“数”でなく“質”を大事にしているんです。できるだけシンプルに、機能性を重視にしてきた北欧の文化や昔からの伝統が、デンマークのデザインを育てた根底にあります。

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いいデザインやクリエイティブって何ですか?

ヘレーネ

私は“大きなアイデアから生まれる、とてもシンプルな表現”というのが、いいアートやデザインだと考えています。

例えば、アメリカ人のアーティスト、ジョセフ・コスースの1965年のアート作品、「1つと3つの椅子」は、本物の椅子の後ろの壁に、写真の椅子と、椅子の辞書による定義がテキストで掲げられたものですが、同じ椅子を複数の手法で記号化することで、どれもが椅子であるという大きなアイデアをシンプルな手法で概念化し、新しい価値観をもたらすことに成功しています。

イタリア人のアーティスト、ピエロ・マンゾーニによる「Socle du Monde」という1961年の作品も、「Socle du Monde(地球の台座)」という文字が逆さまに書かれた石が地面に置いてあるだけという一見シンプルなものですが、地球をアートピースと見立て、見る人に地球での自身の位置について考えさせるというアイデアで作られています。 デンマークのアートスタジオハンネ・ニールセン&ビアギット・ヨンセンの映像作品では、2人の女性が並んで泣いていて、片方がただ玉ねぎを切っている。それだけで、感情的に泣くことと、玉ねぎが目に染みて泣くことの2つが比較され、なぜ何かに対して泣くのかの意味を考えさせられます。ピーター・コールセンの切り絵のアートワークもとてもシンプルですが、何が本当で何が人工的なのかをとても美しく詩的な方法で表現しています。

いいデザインやクリエイティブというのは、このようなアート作品と同じように、シンプルだけれども、私たちの生活に新しい観点を与えてくれるようなものなのではないでしょうか。