INTERVIEW

奥野 武範
ほぼ日刊イトイ新聞 編集者/ライター

Event Date : 2018.01.19

奥野 武範 ほぼ日刊イトイ新聞 編集者/ライター

ときに日本デザインセンター(NDC)から飛び出して、気になる人の話を聞きに行く「INTERVIEW」。
今回は、1998年の創刊以来一日も休まず更新を続け、さまざまな連載記事や商品を展開する「ほぼ日刊イトイ新聞(通称ほぼ日)」のオフィスにお邪魔し、編集者/ライターとして日々たくさんの方を取材されている奥野武範さんにインタビュー。奥野さんが手がけられた取材記事の事例をもとにしながら、取材すること・原稿を書くことについてお話を伺いました。

ごほうびのような取材
ごほうびのような取材

NDC城島

これまで数多くの方を取材されてきた奥野さんですが、特に印象に残っているインタビューなどはありますか。

奥野

そうですね……あの、取材原稿がおもしろくなるケースというのがあるなと感じていまして。僕もみなさんも、取材に行くときはだいたい「今日はこういう話が聞けそうだな」という想定があると思います。それが、何十回に一回くらい、現場で思いっきり裏切られるときがあるんですね。やっぱり自分が考えていることの範囲って狭すぎるので、そこから溢れ出るような話が飛び出すとその場の驚きが読者にも伝わるのか、とてもおもしろがってもらえるんです。そんなごほうびみたいなことが今までに何回かあったんですが……。

NDC城島

ぜひ、詳しくお聞きしたいです。

奥野

以前、列車のダイヤをつくる「スジ屋」という職業の方に取材をしたことがありました。列車の運行を管理するための線(スジ)を大きな紙に無数に引いて首都圏の超過密ダイヤを組むようなことをされている方でしたから、机の上でペンをカリカリ動かして線を引く緻密な職人話が聞けるかなと思って会いに行ったんです。もちろんそういう話も聞けたんですが、その方は職業的な使命感をものすごく持っていて「私は30何年この仕事をやっていますが、やりたいことは当初から、埼京線の混雑を緩和することです」と言うんですね。そのために毎年毎年ダイヤを見直しているんだけれども、混雑緩和のためにスジを整えるだけではなく「ここに立体の橋を架けましょう」とか「ここに信号を設置しましょう」とか、実際に街の風景を変えてしまうような土木的な提案までしていたんです。そんなダイナミックなことまでしているとは全く知らなかったので、それを聞いてスジ屋のイメージがガラッと変わって。そんなにも大きな、グランドデザインを持った仕事だったのかと。ほぼ日では、「このことを聞いてこなければならない」ということはないので、現場で取材テーマ自体が変わってしまっても、そっちのほうがおもしろいと判断できればオッケーなんです。べつに誰にも怒られません。でも、そんなことができるのも、読者のおかげだなあと思っています。真剣につくれば、必ず、真剣に受け取ってもらえる。真剣にバカバカしくつくれば、真剣にバカバカしく楽しんでもらえる。そんなふうに読者を信頼しているので、できることだなと思ってます。

『21世紀の「仕事!」論。スジ屋篇』
細やかな調整や配慮を何度も重ねながら引く一本のスジで、ときに数千人もの「人の移動」をつくるスジ屋の知られざる一面が次々明らかに。

『巴山くんの蘇鉄。』
「ごほうびのような取材」の一例。まったく反応のない蘇鉄の種に9ヶ月間も水をやりつづけた奥野さんの友人・巴山くんにまつわる、展開が予測できない愉快な取材コンテンツ。

プロフィール文より。レ・ロマネスクのステージに出演する奥野さん(前列左)。ここにいたるまでの経緯も、ほぼ日のコンテンツとなっている。

奥野 武範 Okuno Takenori
ほぼ日刊イトイ新聞 編集者/ライター

出版社に勤務後、2005年に東京糸井重里事務所(現 株式会社ほぼ日)に入社。読み物チーム所属。展覧会「はたらきたい展。」、連載『21世紀の「仕事!」論。』をはじめ、働くことに関する企画多数。他に「宇宙」「小ネタ」「物語」など、自身の興味に応じた幅広いコンテンツを展開。さまざまな読み物を担当しながら、会社の屋上で稲を育てたり、フランス帰りのポップデュオ「レ・ロマネスク」のステージにギターとして出演するなど、ほぼ日コンテンツのバラエティの豊かさそのままに、日々、新たな企画に飛び込んで活躍中。

NDC吉岡

インタビュアー自身が驚くような取材では、原稿を読んだ人からの反響も大きそうですね。ちなみに、反響はどのような形で得ていますか。

「だいたいここに書いてあるよ」
「だいたいここに書いてあるよ」

奥野

ほぼ日はWebサイトなので反響はアクセス数で見ることもできますが、それよりも、感想メールが届いたりツイッターでちょっと話題になっていたり……といった動きがあると直感的にわかりやすいですね。感想メールはすべて目を通します。やっぱり嬉しいですし、励みになります。

NDC吉岡

どんな感想が届くのでしょう?

奥野

たとえば最近だと、ストイックなスケボー雑誌『Sb』の編集長と、木村伊兵衛写真賞受賞の写真家という、一見コワモテにも見えるお二人が100%愛くるしいパンダの話をするコンテンツを連載していたんですが、「そういう人たちがパンダの話をしていていいですね!」とか「お二人の話がおもしろい!」といったような、要するに記事に出てくださった方のことを褒めてもらえる感想メールが届くことがあって。これが一番うれしいですね。「お二人がイケメンですね!」という、取材のテーマになんら関係のない感想でさえも、うれしくなりました。というのも、その人のことが好きで話を聞きに行っているので、取材先の方のおもしろさを共有できたときにやっぱり自分はうれしくなります。先ほどのスジ屋の記事や他の連載でもそうですが、取材した相手の名刺代わりになるようなコンテンツを作りたいなといつも思っています。次、その人に取材の依頼が来たときに「だいたいここに書いてあるよ」と言ってもらえるような取材記事になればいいなと考えていますね。

『男たちの全開パンダ・トーク。』
「気合いの入ったアニキ」たちによる最高にアツくてかっこいいトークコンテンツ。ページの至るところにパンダ愛が溢れ、人柄と友情がにじむ。

社内で初めて読んでもらうときが、いまだに一番緊張する
社内で初めて読んでもらうときが、
いまだに一番緊張する

NDC城島

素朴な疑問なんですが、そうやってまとめた取材記事に対して糸井さんのチェックがあったりするのでしょうか。

奥野

糸井さんに「チェックしてください」と言ってチェックしてもらうわけではありませんが、書いた原稿は社内の全員が受信するアドレスに一回送信するんですね。なので、糸井さんだったり編集部の誰かだったりがその都度見ています。原稿ができたら、まず初めに社内に公開するような感じですね。いまだにこのときが一番緊張します。みんなに見てもらって、おもしろくなかったら次からやれなくなるじゃないですか。社内の目はとても厳しいなと思う一方で、そこで見てもらっているという安心感もあります。まあ、ドキドキしつつ、ですが(笑)。

NDC齋藤

お互いに信頼しあいながらチェックされているんですね。ほぼ日では毎日何かしらのコンテンツが更新されていますが、取材してから公開までにどれくらいの時間がかかっているのか気になります。チェックやデザイン制作の時間を考えると、とてもお忙しいのではないかと想像してしまいますが……。

奥野

僕の場合は基本的に、取材してから一ヶ月後くらいで公開しているかなと思います。なのでまあ、忙しいは忙しいですよね。意図してそうしたわけではありませんが、中には取材してから一年半後くらいに公開した連載もあったので、かかる時間はコンテンツにもよりますね。

『糸井さん、僕を『面接』してください。』

取材から公開までにかかった時間は1年4ヶ月。「長い時間によって醸成された気持ちのようなものが詰まった、エモーショナルな連載になりました」と奥野さん。

ピンセットで小骨を抜き取るように
ピンセットで
小骨を抜き取るように

NDC城島

書き手として、ほぼ日のコンテンツの特徴はどのようなところにあると思われますか。

奥野

なんでしょう……ウチは流行っているものを追いかけるわけでもありませんし、取り上げるテーマ自体も普通のものが多いんですが、「長く楽しめるコンテンツにすること」を一つの目標にしているかなと思います。すぐに賞味期限の切れてしまう記事ではなく、5年後、10年後でも、変わらずおもしろく読めるものにしたいというのがコンテンツづくりの大きな指針としてありますね。取材テーマや一つ一つの質問事項、編集の仕方などを考えるときにも、そのことが念頭にあります。
それから、具体的な文章面について言えば、みんなものすごく丁寧に原稿を書いているというのも特徴の一つかもしれません。なんというかもう本当に、魚の小骨をピンセットで抜くかのような作業を最後にしてからリリースするんですね。「本当にこのタイトルでいいのか」「この小見出しがこの回のエッセンスを伝えているか」といった推敲をみんな何回もしています。ほぼ日に来る前にいた出版社で僕はファッション誌を作っていたんですが、具体的な締め切りがある中では、そういったことをする時間にも限りがありますから、原稿にじっくりと向き合える今の環境はいいことなんだろうなとは思いますね。自分自身、推敲が一番好きなので、そこに時間をかけられるのはうれしいです。

担当は「ほぼ日」の奥野です。と書く理由
担当は「ほぼ日」の奥野です。
と書く理由

NDC城島

そのように推敲を重ねて公開した奥野さんの記事には、コンテンツの担当ライターとしてご自身のお名前が記されていますよね。

奥野

はい。書いたものに自分の名前を載せていることについてはよく聞かれるんですが、「誰の問題意識で書かれた記事なのか」ということがわりと重要なんじゃないかと常々感じていて。僕は別に有名人ではありませんが、「この奥野さんという人が、こう思っているんだな」ということがわかるだけで、読んでいる方としては、気持ちの置きどころがあるというか。あと、名前を出すことで表現の自由度が増すとも思うんです。たとえばある写真を見たときに、自分の名前を出していれば「なんだか悲しい写真だけど、僕には楽しく見えました」って言えるんですよね。これがもし、どこの誰だかわからない人がそう言っていたら、読んでいる方も、どんな気持ちになっていいかわからない気がするんです。

NDC城島

確かにそうですね。

奥野

あの、以前、『21世紀の「仕事!」論。』というコンテンツの中で俳優の柄本明さんに取材をしたんですが、インタビューの最後に「理想の俳優とは?」と質問したんです。喫茶店での取材だったんですけど、その場にあったミルクポットや灰皿を指差して「このポットはすごくいい役者だよ」「こっちの灰皿も本当にいいよ」なんて言うんです。つまりポットはポットとして、灰皿は灰皿以外の何かではなくまさに自分自身としてそこにいて、自分の役割を果たしているわけです。そういうのが理想だとおっしゃっていて、その言葉の何に感動したのかはうまく言えないんですが、僕はものすごく感動してしまって。要するに、その人がありのままにそこにいて、自らの役目を全うしていることに自分は心を動かされるのかなと。その人が俳優であれば、俳優をやっているその姿に感動するといいますか。ほぼ日に掲載するコンテンツも、書き手自身が自然に出ているような記事だと伝わるものもあるんじゃないかなと思うんです。

『21世紀の「仕事!」論。俳優篇』
「俳優とは、どのようなお仕事でしょうか」「そこに書いてあることを言うんですね(中略)ただ、それだけ」。取材の初めにいきなり結論のような返答があった後、どんな話題でコンテンツが進んだのか。インタビューは当事者同士の「会話」であることが伝わってくる連載。

『星空の谷川俊太郎質問箱』

奥野さんの先輩であり、同じくほぼ日・読み物チームに所属する菅野さんによるコンテンツ。「谷川俊太郎さんに対する菅野さんの思いが自然に出ていて、とても印象に残っています」と奥野さん。

2年くらい、企画が通らなかった
2年くらい、企画が通らなかった

NDC吉岡

お話の中でコンテンツの事例がたくさん登場していますが、たとえば一年間にどれくらいの記事を書かれているのでしょうか。

奥野

ここ2、3年は年に40本くらいですね。でも初めからこのペースだったわけではなく、ほぼ日に入社した当初の2年間くらいはまったく企画が通りませんでした。ほぼ日では自分の仕事が自動的に降ってくることはそうないので、自分で企画を出さないと何もすることがなくて苦しいんですね。冗談ではなく、一日中ネットサーフィンをするしかなくて。

NDC城島

そのような時期があったというのはとても意外です。もし今、当時の自分に声をかけられるとしたら何を伝えますか。

奥野

今から思えば企画が通らなかった理由は明白で、自分がやりたいことを言っていなかったんです。毎週月曜日に企画会議があるので先輩たちのところに企画を持っていくんですが、ほとんどが却下されてしまって。よく聞く話だと思いますが、通りそうな企画を選んで持っていっていただけなので、熱意も伝わらないし、ちょっと突っ込まれたらあたふたする。本当にやりたいと思ってないんだなというのが出てしまっていたんだと思います。

でも、若い頃ってなかなか、自分が何をしたいのかなんてわからないと思うんですよ。だからその……まあ、それでいいんじゃないですかね。仕方ないと思いますね。会社員のいいところって、だからといってすぐにクビにはならないところで。自分のやりたいことがわかったのって僕は30歳を過ぎてからだったので、それまではなんといいますか、周りの人の手伝いをしてみたりしながら、うまくやっていったらいいんじゃないでしょうか。

NDC城島

若手コピーライターの一人として日々の仕事に取り組んでいる身としては、なんだかとても勇気づけられます。

自分の興味に導かれ
自分の興味に導かれ

NDC齋藤

自分が本当にやりたいことを企画にするというお話ですが、やはり自分の趣味とかプライベートなところから発想するのでしょうか。

奥野

そうですね。自分自身に軸足がひとつ置いてあります。たとえば、ほぼ日・読み物チームの永田さんという人だったら、スポーツが好きなのでスポーツの企画をたくさん出していますし、食べるのが好きな菅野さんという人は食べる系のコンテンツを数多く企画しています。それに、糸井さんも昔から「自分の動機が一番重要だ」と言い続けていますね。

NDC吉岡

奥野さんご自身は今どんなことに興味がありますか。

奥野

今ですか、えーと……なんでしょう、ジャッキー・チェンのことは昔からずっと好きなんですが(笑)。

一同

(笑)。

奥野

そういうことじゃないとすると(笑)、少し概念的になりますが自分の仕事の問題意識から「インタビューとは何か」ということに興味があって、そういう連載をしています。あとは今日お話ししたように、職業にまつわる話題も好きです。それから、フィクション、「物語とは何か」ということにも興味があります。小説とか映画とか、僕も含めて接する機会が少なくなっている人もいるかと思いますが、文化というか人間の営みとして「物語」ってないとダメなものだと思うんです。他には、少し前に永井一正さんにインタビューさせていただいたんですが、デザインまわりのこともすごく気になっています。『経営にとってデザインとは何か』というコンテンツも過去に連載していましたし、今後何か、デザインの企画で一緒にできることがあるといいですね。

一同

そうですね。そのときは、ぜひよろしくお願いします!

『インタビューとは何か。塩野米松さん篇』
「聞き書き」というスタイルで長年取材を続けている作家の塩野米松さんに聞いたインタビュー論。

『技術とは、なぜ、磨かれなければならないか。』
画家の山口晃さんが語る「技術」の話。あらゆる職業に通じる汎用性をもった技術論とは……。そして、続編コンテンツである『山口晃の見ている風景。』も必読。

『物語は、どこから来るのか。』

アーティスト、ニコラ・ビュフさんが一枚の絵を描くために構築した厚みのある「物語」に迫るインタビュー。

『経営にとってデザインとは何か』

「いいちこ」の三和酒類、芸術ユニット・明和電機、雑誌『自遊人』創刊編集長が開いた宿泊施設・里山十帖の三者に取材したデザインコンテンツ。