WORKSPHERE

vol.3 コクヨ
未来の仕事場を考える

Event Date : 2012.07.04

vol.3 コクヨ 未来の仕事場を考える

齋藤 敦子(コクヨ株式会社RDIセンター主幹研究員 WORKSIGHT編集長)
山下 正太郎(コクヨファニチャー株式会社 WORKSIGHT副編集長)
金森 裕樹(コクヨファニチャー株式会社 WORKSIGHT編集員)
2012年7月4日に開催した第3回NDCセミナー「ワークスフィア/未来の仕事場を考える2」では、齋藤敦子さん、山下正太郎さん、金森裕樹さんにお話しをいただきました。「働き方」と「働く環境」のいい循環を作り出したいという視点、世界のオフィス環境の事例が示唆するもの、そして日本デザインセンターの仕事場環境への率直な意見。またそこから話題はアジアならではの働き方へと広がり、興味の尽きないセミナーとなりました。

働き方とオフィス環境の専門誌「WORKSIGHT」とは
働き方とオフィス環境の専門誌
「WORKSIGHT」とは

齋藤

コクヨは107年目になる老舗企業です。ノートや消しゴムなどのステーショナリーとオフィス家具や空間構築を提供するファニチャーの二つの大きな事業会社がありますが、私が所属しているRDIセンターは研究開発部門としてホールディング側に属しています。デジタル化がすすみ、伝票や紙がなくなるという状況で、オフィス家具の需要も厳しい。そういった中で新しい事業をつくっていくため、既存分野にとらわれずに研究開発をする部隊で、働き方という提供価値を深めるために「WORKSIGHT」という雑誌を発行しています。働き方とオフィスの専門誌は世界にもあまりないと思います。

コンセプトは、WORK(働く)とSIGHT(見る)。あとは現場、場所のSITEという意味もあります。オフィス家具=ハードという概念を越えて、空間とか場、仕組み、ルール、振る舞い、コミュニケーション、すべて合わせて「働く環境」であると私たちは考えます。その環境を変えることによって、働き方も変わる。あるいは働き方が変わるから環境も変えようといった、いい循環を作り出すことをめざしたい。ですから媒体を出すことが目的ではなく、働く環境がどれくらい世の中や企業、個人にとって重要かということを外部の方と対話するために発行しています。

齋藤 敦子 Saito Atsuko
コクヨ株式会社RDIセンター主幹研究員 WORKSIGHT編集長

 

日本はまだ「工業社会モデル」の組織と働き方を引きずっている

齋藤

具体的なオフィスの話にはいる前に、その背景について簡単にふれておきましょう。まず世界の変化についてですが、人口の減少や国内市場の縮小といった中、企業は厳しい経営を強いられています。一方で個人の生活においてはソーシャルメディアの発達によって情報がどんどん外とつながる時代になりました。

時代の流れを敏感にとらえながら、次にどんな仕事を作り出していくのかを意識しないと、製造業もクリエイティブ業も生き残れません。新興国に次々と追い抜かれていく中で、日本はいまだに「工業社会モデル」の組織体系や働き方を引きずっています。しかし変化のスピードは速く、世界に取り残されないためには「知識社会モデル」に対応していかなければなりません。知識社会モデルとは何かを簡単に説明すると、規格化された商品を安く大量生産して、大きなマーケットに対して販売し利益をあげていた過去の仕事の仕組みではなく、様々な属性の人が集まって今までになかった知恵を生むためにアイデアを出し合い、新しい価値を作って市場に提供していくという知識による創造のモデルのことをさします。

海外で取材していてよく感じることは、スタッフが社会の出来事や問題に対して敏感なアンテナを張っていて、オフィスでも互いにそういう姿勢でコミュニケーションを取っています。 これは新規事業を作っていく上でとても重要なことです。ひとつの組織に閉じて新しいものを作ることはもはや不可能なのですから。

コクヨが取り組んでいる、日本の次世代ワークプレイス
コクヨが取り組んでいる、
日本の次世代ワークプレイス

齋藤

コクヨでは、2008年からエコとクリエイティブの両立をコンセプトに、働き方、ワークプレイスの実験をしてきました。我々が提供するのは文房具や家具ではなくて、働き方、暮らし方、学び方というコトとそれを実現するハードとソフトです。オフィスの固定概念は、9時前に出社して自席につき、パソコンを立ち上げて仕事をして、打合せして6時に終業して残業するといったイメージがありますが、働き方はどんどん変わってきているんです。コクヨでも品川オフィスに在籍している社員の3割くらいは品川にいないことが多いです。

外部パートナーと仕事をすることも多いので、自社に閉じない働き方が増えています。それをいくつかの事例でお見せしたいと思います。

西麻布のクリエイティブスタジオKREIにはコクヨのインハウスデザイナーが働いていますが、上のフロアには独立したクリエイターのシェアオフィスがあります。ここでは企業と個人がお互いの敷居を低くして交流したりプロジェクトをつくったり、フラットな働き方に挑戦しています。

次は渋谷ヒカリエ8階にあるクリエイティブラウンジMOV(モヴ)です。ここは会員制ワークラウンジで、異分野・異文化の人たちが出会い、コミュニティをつくり、お互いに刺激しあう中でビジネスのアイデアを育てていく場所です。
こういった空間はハードを設計して引き渡したら終わりではなく、ソフトが重要なんです。人をどう育てるか、どういうプログラムを用意し、インセンティブ、マナー、メソッド、キュレーションなどをデザインするか。コクヨではこれらを統合的に開発してパッケージ化し、商品や事業につなげていこうと考えています。

KREI
組織の壁を越えてフラットに出会うことで本質的なテーマを発見していくことが大切。
写真提供:KREI

MOV
異分野・異文化の人たちが集まって、アイデアを出し合いながら働く場をデザイン。2012年春に事業スタートした。
写真提供:MOV

海外に見る成長企業のオフィス
海外に見る成長企業のオフィス

齋藤

ポートランドにあるWieden + Kennedyは氷の貯蔵庫をリノベーションした大きな社屋のエントランスを入ると、個性豊かな全社員のポートレート写真が貼ってあります。多くのコンサルティング会社と同じように「人が商品である」という考え方なんですね。「大きな失敗を推奨する」というユニークなメッセージを発信したり、マニュアルがないのも特長のひとつです。オフィスの真ん中に階段状の広いスペースがあって、全体ミーティングやイベントなどが頻繁に開催されています。ほかにもオフィスの通路の壁にはいろいろなものが貼り出され、通りがかりに共有し意見を出し合うなど、自分の仕事を自分だけに閉じない働き方が浸透しています。

HOKは1955年創業の建築設計事務所です。老舗企業なので保守的かと思いきや、ロンドンオフィスでは受付を入るとすぐにオープンスペースがあり、チームや顧客と常にミーティングやアイデア出しをしています。自席で企画を練ろうとしても行き詰ってしまうので、いろいろなノイズが入ってくることが重要です。会社の文化として、考え中のアイデアを張りだして他の人から意見や助言をもらうことも日常的に行われています。
また年1回は社員が顧客を招いてイベントを実施しています。昨年は「HOKエアウェイズ」と題してオープンスペースを滑走路に見立てて、自分達の空港関係のノウハウや技術をアピールするために、社員手作りのイベントでもてなしました。

Innocent Drinksはロンドンを拠点とするオーガニックスムージーの会社です。同社では顧客とのダイレクトなコミュニケーションを重視していて、「Wall of Love」と書かれた受付近くの壁には消費者から送られてくる手紙や手作りの品々を展示しています。 また、6年前から続けている「The big knit」キャンペーンは、ボトルのキャップにかぶせるニットの帽子を募集し、選ばれた人の作品をオフィスに展示し表彰しています。
「どんなアイデアもいいアイデアである」と、70%くらいのアイデアでも積極的に出していくとか、スタッフを定期的に表彰して社員全員でもてなすとか、独自の制度や文化があります。

Wieden + Kennedy
オフィスはかなりオープンで、なんと犬を連れてきてもOK。愛犬を連れてくると社員同士のコミュニケーションが活性化するとか。 写真提供:WORKSIGHT Web版 http://www.worksight.jp/

HOK London, UK
オフィスの中央にはブレイクアウト・スペースというオープンコラボレーションのための場がある。吹き抜けになっており見通しが良い。
写真提供:WORKSIGHT02 http://www.worksight.jp/

Innocent Drinks
顧客との関係を大切にしつつ社員一人一人が能動的に楽しく仕事ができる、カジュアルで温かみのあるオフィス。
写真提供:WORKSIGHT02 http://www.worksight.jp/

パートナー、ユーザーを巻き込んでいくことの大切さ
パートナー、ユーザーを
巻き込んでいくことの大切さ

齋藤

これらの事例を見ていくとオフィスの概念が変わってきていることが分かると思います。日本企業のオフィスがいかに閉じているか。同じ会社の社員なのに他の部門と交流できない状況がすごく多い。遠隔テレビ会議では細かい部分が読み取れないし、仕事上のフォーマルな相手のことしか知らない場合も多い。やはりカジュアルなコミュニケーションが取れないと、新しいアイデアやプロジェクトは発生しにくくなります。
一方でソーシャルメディアが発達すると、そこでは個人が本音で語り、様々なライフスタイルがある。それをうまく組織に持ち込むことができれば新しいアイデアやビジネスが生まれるかもしれません。
そのためにはオフィスにオープンな空き地をつくってクライアントやパートナー、ユーザーを巻き込んでいくことが重要ではないでしょうか。
これからのクリエイティビティは「効率、左脳、ロジカル」に加えて、「創造、右脳、デザイン」をハイブリッドで組み合わせられるか。本質的なデザインの役割がますます重要になってくるでしょう。環境デザインとは、仕組みとしつらえを作ることです。ハードのままでは未完成ですが、ソフトを作るのは皆さん自身であり、パートナーであり、顧客も連れて来て一緒に創る。仕事を創ること、すなわちプロデュースすることは環境を作ることと同じなんですね。

ポイントは人を重要な経営資源と考えているかどうか

齋藤

日本の場合、企業経営者がオフィスに対してデザインの視点を向けているとはまだ言えません。日本企業のオフィスデザインというと、カラフルな家具を置くとか、来客スペースだけカッコよく設えて、バックオフィスは狭くて、家具も機能が合っていないという光景をよく見かけます。ポイントは人を重要な経営資源と考えているかどうか、です。取材した企業はそう考えているところが多い。日本ではその企業に属していること自体が満足だという人もいますが、海外の場合は自分を大事にしてくれない会社は辞めちゃうんですね。優秀な人材を引き留めるという意味でも、海外ではオフィス環境に力を注いでいます。

弊社の新オフィスについての印象という鶴田の質問には、率直に真面目な会社だなという印象を受けたという答えが。もうちょっと弾けてもいいのではないかという齋藤さんの指摘に笑いが起きた。

オフィスから見える会社の課題
オフィスから見える会社の課題

齋藤さんがおっしゃった通りNDCはまじめ。カタイです。クリエイティブを生産的に支えていく部分と、クリエイティブな局面を切り拓いていく部分の両輪を併せ持った会社なんです。でも変化をもたらしていかないといけないと思っています。世の中が変わるべき時代になっているにもかかわらず、実際の企業はほとんど変わっていません。特にものを作ってきた企業は壁が高く、それが二重三重になっています。その壁をどう突破していくか。企業の壁を壊して本当のクリエイティビティを日本の産業の中でどう呼びだしていくか。その風向きが変わってくるとNDCの組織にも影響を与えると思います。だから実は僕らの会社が少々オフィスのインテリアを変えたということはそれほど大きなことではなくて、よその会社を壊しつつ自分たちも変革していくというか、世の中の雰囲気を変えられる仕組みを作れるような、そういう部分を持てるかどうかが大切だと思います。

原 研哉 Hara Kenya
日本デザインセンター代表取締役

 

川俣

僕もNDCに対してまじめなイメージを持っています。若いときには、まじめで愚直というのは尖ったものが作れないと思っているところがあった。でも今は逆にクライアントとやり取りする時に「うちはこういう会社です。だからまじめに話を聞きたいです」とかなり意識して説明しています。でも今日話を伺って、大事なのはやはりコミュニケーションかな、と思います。社内のコミュニケーションをよりよくしていくことが新しい仕事に結びつくと考えているところです。まじめや愚直が受け身という態度につながってしまう部分もある。そうではなくて、そこに能動的なものをプラスすることによってNDCのパワーになるのではないか。まさにこのポリローグでの経験を働き方に結びつけることが、一つのあり方かなと。会って対話して解決していくための場所ができたということは、以前の社屋の環境とは違うところです。

川俣 忠久 Kawamata Tadahisa
日本デザインセンター専務取締役

 

山下

私は集まって働く意味が問われていると思います。個人が能力を発揮する仕事の場合、独立して仕事するのが可能なわけです。では、なぜ集まるのか。製造業もそうですが、基本的に組織に集まれば集まるほど効率性を追求するためどんどんムダが無くなっていく。もちろんそれだけ大きな仕事ができるメリットはありますが、自己最適化しすぎて息詰まっているのが現状ではないでしょうか。ポリローグもそれを打ち崩すひとつの道であるように思います。最近、組織の中にいかにして非合理を持ち込むかということがテーマになっています。新しいものを作る時は、理屈では導き出せないものが必要となってきますので。「戦略的な余白」をどのように組織の中に抱え込むか。それが今後のオフィス環境におけるひとつのテーマになるのではないでしょうか。

山下 正太郎 Yamashita Shotaro
コクヨファニチャー株式会社

 

大量生産のビジネスと、環境をひとつずつ作るビジネスは両立していくか

ところでコクヨの中で、いいものを効率的につくって大量に販売するという営業があるなかで、今日お話を聞いたような、ひとつひとつ全く違うオフィスソリューションや環境を作っていくビジネスが進んでいくと、ふたつの間で軋轢は生まれないんでしょうか。

金森

分析するとオーダーメイドによるクリエイティブなオフィスというのはまだ意外と少ないです。全体の一割に満たないと思います。売り上げを支えているのは、北海道から沖縄まで全国の販売店、地方自治体、官公庁、教育、学校、病院、公民館といったところです。売り上げという意味では今のところそれほど大きな影響はありませんが、ただし5年後、10年後のオフィスがオーダーメイド型に変わってくると、メーカー側のものづくりも変わっていかざるを得ないと思います。

金森 裕樹 Kanamori Yuki
コクヨファニチャー株式会社

 

いままでのワークスフィアは西洋流。しかしアジアの働き方は違う

僕は今一番アジアに関心があります。10年後くらいには確実に成長圏になっているので、そういうところで何ができるか考えてみると面白いかもしれない。オフィス家具にしてもデザインにしてもフィールドとしては相当大きな可能性があると思いますよ。

齋藤

コクヨもステーショナリーは先行してアジアに力を入れています。それに伴いインドや中国、ベトナムなどで現地社員も増えています。今度アジアをテーマに暮らしや働き方についてのセッションをやりたいですね。

それはめちゃくちゃ面白い。というのは、今までワークスフィアに関してはすべて西洋流なんですね。ボスがいてスタッフが集まって、みんながワークシェアをする広いスペースで話し合う、といった働き方を欧米の人たちが考えてきた。我々もそのことを学んで「そうかな」なんて思ってきたわけですが、アジアの人たちは働き方が違うと思うんです。2カ月も休暇を取りたくないし、ヨットに乗ってもすぐパソコンを開き始める。ヨーロッパ人とアジア人の働き方は違うように思います。幸せの考え方、自然のとらえ方も違いますし。ぜひロンドンの連中が見て嫉妬するようなアジア発のWORKSIGHTというのをね。サテライトオフィスとか車社会をテーマにしたり、例えばインドのムンバイはこういう働き方をしているとか、面白いんじゃないかな。

齋藤

海外取材でよく聞かれるのですが、彼らは場とか禅にすごく興味があるんですよ。日本発アジアの働き方を提案しても面白いかもしれません。

禅宗のお寺のお坊さんが「宿坊を作ってくれ」と言ってきたことがあったんです。僕のところは不思議な仕事ばっかり来るんだ(笑)。で、考えてみると彼らが考えているのは新しいワークスフィアだったりする。それが宿坊なのかリゾートホテルなのか、オフィスと呼ぶのかは分かりませんが、可能性は計り知れないです。例えばボルネオのカリマンタンの山奥に、ガラスのコテージが点在していて、そこに滞在して仕事してまた帰るとか。そういうの、ロンドンの人は悔しいと思うんじゃないでしょうか。ものすごく飛躍した話になってきたけれど。今日はどうもありがとうございました。