NDC LUNCH
MEETING

クレイグ・モド
作家/パブリッシャー/デザイナー

Event Date : 2015.03.18

クレイグ・モド 作家/パブリッシャー/デザイナー

先進のテクノロジーや独自の発想で、デザインの可能性を広げる人たちがいます。
さまざまな領域を横断し、これからのデザインをともに考える対話の場「NDC LUNCH MEETING」
今回は、メディアを問わない姿勢で出版やデザインに取り組むクレイグ・モドさんをお迎えしました。

新しいかたちで物語を作る、それをいつも考えていた───クレイグ
新しいかたちで物語を作る、
それをいつも考えていた
───クレイグ

クレイグ

小さい頃から本が好きで、本に囲まれて育ちました。だけど詩や小説のような深い文学的なものではなくて、絵本とか、わりと浅めのものが多かったです。とにかく本はずっと好きだったんですが、同時にパソコンやゲームへの興味も強く持っていました。僕の家にはパソコンがなかったので、パソコンがある隣の家に毎日お邪魔して、9歳くらいでプログラミングをさせてもらったりして。ただ、プログラミングそのものがしたかったのではなくて、どうやったら新しいかたちで物語やゲームが作れるかということをいつも考えていました。

印刷物として意味のある本を───クレイグ
印刷物として意味のある本を
───クレイグ

クレイグ

その出版社で初めて作った本が『Kuhaku: And Other Accounts From Japan』です。「Kuhaku(空白)」というタイトルは、日本人のイメージに関する大江健三郎のスピーチに影響を受けています。彼は「海外から見た日本と国内から見た日本、そのふたつのイメージの空白にこそ、本当の日本人が住んでいるんじゃないか」と言っていて。本の内容は日本についての短編集です。日本人のライターと日本に住んで長い外国出身のライターが集まって書きました。

「僕らは普段スクリーンばかり見てるので、今日は実際のものに触れながら話しましょう」とクレイグさん。これをきっかけに2時間の対話が始まった。

クレイグさんがデザインした書籍を手に取る原。クレイグさんもまた、学生時代に原のブックデザインに触れていたという。

クレイグ・モド Craig Mod
作家/パブリッシャー/デザイナー

作家、パブリッシャー、デザイナー。東京をはじめ世界各地で活動中。2011年、Flipboardのプロダクトデザインを担当。作家としてMacDowell Colonyライティングフェローに選出。2012年には起業家としてTechFellow Award受賞。New Scientist、The New York Times、CNN.com、 The Morning News、Codex: Journal of Typographyなど様々な媒体に寄稿。ニュースアプリSmartNewsのアドバイザーも務める。執筆・編集・出版に携わる人のWebサイトDOTPLACEでの連載の他、主な著書に『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)、『マニフェスト 本の未来』(ボイジャー・共著)など。
http://craigmod.com/

『Kuhaku』、ちょっと触ってみてもいいですか。

クレイグ

ぜひぜひ! この本を読んで日本に来てほしいと考えていたので、手に持ちやすくて鞄にも簡単に入るようなサイズにしたり、布を使って汚れにくく丈夫にしたりしました。アメリカの本は基本的に大きすぎると感じていて、やっぱり本は親しくなれる大きさじゃないと間違っているような気がします。それに印刷するなら、印刷物としていちばん意味のあるところ、強みをできるだけ中心にして作りたいと思っていました。このときは、シルクや2色の箔押しを使ってデザインしています。
本ができあがってアメリカの大きな流通会社に送ったら、「こんなに凝ったものは全然見ないから、本当は10冊くらい作った実績がないと取引しないけど、特別に1冊でやりましょう!」と言ってもらえて(笑)。この本のおかげで、アメリカのいろいろなデザイナーとのつながりが強くなって面白かったですね。

電子書籍を怖がりながら、何もしない人たち───クレイグ
電子書籍を怖がりながら、
何もしない人たち
───クレイグ

クレイグ

『Kuhaku』の他にも10冊くらい本を出版したんですが、少しずつデジタルのほうにも力を入れていきたいと思い始めるようになりました。2007年頃にアマゾンから電子書籍のKindleが出たんですが、出版社の多くは流通面などで怖がっていて。でも出版業界には、怖がりながら何もしていない人が多かったです。「電子書籍はあんまり好きじゃない」と言うだけで、いい会話ができる人は少なかったですし。やっぱり昔からのインダストリーは、変わりたくない部分があまりにも多くて。
たとえばアメリカの新聞業界も、デジタルを怖がりながら紙を守ろうとしています。ニューヨークタイムズの電子版を購読しようとすると、だいたい月3,000円くらいかかるんですが、紙の購読者になると月1,500円くらいで電子版が無料でついてくる! 「紙で新聞を読まなくても、紙で買いなさい」という形式になっていて、これはけっこう驚きます。日本の新聞はどうですか。

鍋田(NDC)

テクノロジーを非常にうまく取り込んでサービスを提供しているところもあると感じますが、購読料といった面ではニューヨークタイムズに近いところも多いかもしれません。

クレイグ

デジタルなものに対して、もうちょっと早く楽しく動けるといいんだけど、みんな不思議な硬さがあって…。

2月19日の土曜日、夜の9時35分55秒───クレイグ
2月19日の土曜日、
夜の9時35分55秒
───クレイグ

有馬(NDC)

出版活動の一方で、クレイグさんはFlipboardのアプリもデザインされていますよね。

クレイグ

FlipboardがiPad版を出してから僕はチームに参加して、iPhone版のアプリを一緒にデザインしていました。10ヶ月くらいかけて制作していたので、みんなすごい髭が生えたり太ってきたり、けっこうすごい見た目になってた人が多くて(笑)。完成が近づくにつれ、どれだけこの作品に自分の体や精神を注いだのか、自分は本当に何をデザインしたのかと考えるようになりました。パソコンの中のフォルダに入っている、膨大な量のデータの重みを知りたかったんです。僕は10年くらいずーっと本を作ってきたので、アプリ制作過程のすべてのデータを印刷して本にしようと思いました。
それでこっそり、裏で全部のデータを集め始めて。アプリ完成後の打ち合わせで「これくらいの重みのものを作ったんですよ!」と言って机の上にその本をバンと置きました。ページを開くと、最初のデザインのアイデアやタイポグラフィの研究記録、多くの技術的なコメントのやりとり、そして最後のバージョン1の完成まで…。もう、みんな泣き出していて。やっぱりアプリを作るのは大変で、こういうかたちで見ると、フォルダの中にあるデータとは見え方が全然違うんですね。
たとえばこれはアプリ制作に関する最初のコメントなんですが、書かれた日付が、2月19日の土曜日、夜の9時35分55秒と細かく記録されています。ここまでの細かさ! ここからいろんなイメージが浮かんできます。だいたい土曜日の夜なのになんで仕事してるのか、とか(笑)。アプリ完成後の最後のコメントは12月1日の午前4時47分となっていて、きっともう3日間くらい徹夜してたんじゃないか…とか。こういうコメントが1万回くらいあって、それを読むとアプリ制作のひとつの物語にもなってると思うんです。

一同

これはすごい…!

推敲して磨き抜く成果を確実なものとして残していく───原
推敲して磨き抜く
成果を確実なものとして
残していく
───原

クレイグ

みんな忘れがちなんですが、電子の時代になりつつも、こういう印刷物は作りやすくなっているんです。10年前よりも簡単に、しかも丈夫なものが2、3日で作れてしまう。特にアプリを作っている会社は、こういったアーカイブ化をしたほうがいいと思ます。やっぱりデジタルな活動は、何をしたのか忘れてしまいやすいと思うので。

僕も展覧会を開いたときに、プロジェクトを最後に書籍化することがあるんですが、本にするかしないかで、できごとの質が変わってくるように思うんですね。本を作るときには「推敲する」ということが生まれます。写真、テキスト、レイアウトなどを磨き抜いて完成度を高めていく。情報をまとめ、成果を確実なものにしていく。そうやって情報を残しておきたいという欲求が、人間にはあるんだという気がします。

常に前へ進み続けないと、ソフトウェアが命を失ったように感じてしまう───クレイグ
常に前へ進み続けないと、
ソフトウェアが命を失ったように感じてしまう
───クレイグ

クレイグ

最近よく考えているのは、電子書籍の不自由さについてです。紙の印刷物は、ある言い方だと「オープンプラットフォーム」。つまり紙で自由にレイアウトしたり、なんでもできます。だけど電子書籍の場合、できることが限られてしまいますよね。たとえば英語の文章だと、Kindleではハイフネーションができません。Kindleが発売されてから、もう何年も経っているのにです。
そんなこともあって、気がついたらいつの間にか電子書籍から紙の本での読書に戻っていました。紙へのロマンチックなノスタルジーが原因ではありません。基本的には、メディアに対する信用度によるものです。もちろんKindle自体が信用できないのではなくて、ソフトウェアで動いている電子書籍は、常にアップデートして更新していないと信用度が下がってしまうような感覚があります。そこが電子書籍は悩ましいですよね。常に前へ進み続けないと、ソフトウェアが命を失ったように感じてしまうというか…。

最適化された世界での、クリエイションの居場所───原
最適化された世界での、
クリエイションの居場所
───原

電子書籍のようなITの新しいビジネスには、要素として当然マネーが大きく関わってきますよね。ただ、デザインは本質的にそこに関与しないクオリティなのかもしれません。デザインはもともとオーバークオリティに進化していくところがあって、ペイに対して働くのではなく、やりたいことをやりきるために働くというか。なのでマネーと結びついてハイフネーションが生まれるかというと、そういう部分はカットされてしまう。
僕らが経てきた美術大学という場所では、基本的にクリエイションの価値をすごく大事にするんですが、今はもう「最適化」という新しい考え方が出てきましたよね。クリエイションによって何かを伝えるのではなく、最適化された世界の中でクールに伝わることを、特にWebやスタートアップの領域にいる人たちは、やっているように見えます。Kindleもどちらかというと、その最適化という考えから発想されたものなので、もともとクリエイションから遠い存在だと思うんですよ。しかしそうは言っても、やはりクリエイションは大事にしたいという思いがあります。ネット社会の中での、クリエイションの居場所のようなものを見つけていきたいですね。

本には終わりがある、それがすごく気持ちいい───クレイグ
本には終わりがある、
それがすごく気持ちいい
───クレイグ

本というものをただのデータの集積だと思っている人もいますが、本って実は「小説を書きました」と言って手渡せるシンボルマークだったりもするわけですよね。

クレイグ

ある意味では、すごく力のある名刺でもあるし。Webで掲載しているエッセイも、書籍化してまとめてみると別の力が生まれてきます。何より、本には終わりがある! 終わることなく更新されていくWebとは違って、印刷物としての本は一度完結しています。それがすごく気持ちいい。現代はあまりにも、終わりのない活動が多すぎて。

それはすごく大事なことです。紙は白くて、汚すと取り返しがつかない。持つとピンと立つような張りがあって、しかも確実に終わりがあるわけです。ここが紙のいいところで。くしゃくしゃっとすると、もう元には戻らない。だからこそ、大切に扱う。手紙を書くときなどは、「だいたいここで終わろう」と思って書いている。紙の持つエンディングが、人間のクリエイションを目覚めさせてくれるんですよね。それは決してオールドファッションなことではなくて、終わりがあるから気持ちいいということにお気づきなのは、やはり紙とデジタルの両方を見続けてきたからではないでしょうか。

クレイグ

みんなもう、あまりにも終わりのない中毒になっているので…。本当にユーザーに優しいものを作りたいんだったら、それが本ではなくてアプリだったとしても、メディアにふさわしい終わり方や区切り方について考えていかなければと、強く思います。