NDC LUNCH
MEETING

青木耕平 株式会社クラシコム 代表取締役

Event Date : 2019.06.28

青木耕平 株式会社クラシコム 代表取締役

先進のテクノロジーや独自の発想で、デザインの可能性を広げる人たちがいます。様々な領域を横断し、これからのデザインをともに考える対話の場「NDC LUNCH MEETING」今回は、生活雑貨の販売を行うECサイト「北欧、暮らしの道具店」の運営から短編ドラマ「青葉家のテーブル」の制作・配信まで、幅広いサービスを手がける株式会社クラシコムの代表取締役 青木耕平さんをお招きしました。

真の顧客は「遊びに来た人」───青木
真の顧客は「遊びに来た人」
───青木

青木

「北欧、暮らしの道具店」というのは食器や日用品といった生活雑貨を販売するWebサイトですが、僕らはいつも「Webサイトを運営しています」ではなく「お店をやっています」という自己紹介をしています。実際売り上げの9割が物販ですのでお店という表現は合っているかなと思うんですが、お店と言いつつも、例えば1000人のお客様がサイトにアクセスしたときに、実際にお買い物をされる方は4、5人くらいの割合しかいないんですね。となると残りの995人は買いに来ているわけではなく、遊びに来ている。当然、買っていただくための努力は一生懸命しますが、本業は何かと聞かれたら、その遊びに来ている人たちに何かしらの楽しみを提供することだと考えています。

というのも、何を買いたいかイメージ出来ている人の取り合いをAmazonや楽天とやっても勝てっこないわけですよね。僕らは値段も配送の速さも、大手のネット通販サイトと比べて強みがあるわけでもない。けれど、巨大企業であるAmazonに勝てるかもしれないポイントが一つだけあって、それは「買いたいものが決まっていないお客さん」を呼び込むことなんです。「暇だからAmazonを見よう」という人はあまりいないけど、空いた時間にSNSやYouTubeを見たりする中で、我々もその選択肢の一つになれたらいいなと思っていて。今、月間で大体170万人くらいの方がサイトを訪問してくれています。

お店であり、新しい形の出版社でもある───青木
お店であり、新しい形の出版社でもある
───青木

青木

僕はよくそうやって「お店です」の一言で説明してしまうんですが、事業の形として似ているものを例に出すなら「新しい形の出版社」と言うことも出来るかなと。出版社というのは、「様々な媒体に情報を転写し、それを配ることで世の中に影響を与える」という能力をマネタイズするのが仕事ですよね。僕らもこれに似ていて。「北欧、暮らしの道具店」には「日常に一さじ分の非日常を」「フィットする暮らし、つくろう。」というコンセプトがあるんですが、これは書籍で言うところの読後感のようなものだと思っているんです。Webサイトを読んだ後、買い物をした後、商品を使った後に、そういった読後感を味わっていただきたい。その目的のために、Webサイト、SNS、商品、イベントといった様々な媒体に情報を転写してお客様に届けていくことで事業を展開しています。

もう少しビジネス的な構造を掘り下げてみると、出版社というのは往々にして雑誌というプラットフォームが成功することから歴史が始まっています。ある雑誌が立ち上がると、やがてその中の人気コンテンツが書籍となって販売され、もっと上手くいけば書籍が映像化されて映画やドラマとなり、エンタメとして発展していく。つまり、「プラットフォームの運営(雑誌編集)」をするうちに、「コンテンツ課金(書籍の購買)」が発生し、その中でも特に売れるコンテンツの中から「IP(Intellectual Property、知的財産)」が蓄積・展開されることで、ビジネスが発展していくという構造が出版社にはあります。

この「プラットフォームの運営」「コンテンツ課金」「IPの蓄積・展開」という3つの構造を「北欧、暮らしの道具店」に当てはめてみると、WebサイトやSNS、フリーペーパー、雑誌、「青葉家のテーブル」という短編ドラマなど、無料でご提供しているものすべてが我々にとっての雑誌、つまりプラットフォームだと捉えています。その中で、出版社で言うところの書籍販売にあたるコンテンツ課金ですが、これはWebサイトでの商品の販売がそれにあたります。そしてコンテンツ課金が上手く実現出来た企画の中から、蓄積されたIPを展開するという意味で、短編ドラマだった「青葉家のテーブル」を2020年公開を目標にした映画として制作しはじめています。

青木耕平(Aoki Kohei)
株式会社クラシコム 「北欧、暮らしの道具店」代表取締役。

1972年生まれ、埼玉県出身。サラリーマン経験や複数の会社経営を経て、2006年に妹・佐藤友子さんと2006年、株式会社クラシコム創業。2007年秋より北欧雑貨専門のECサイト「北欧、暮らしの道具店」をスタート。「フィットする暮らし、つくろう。」をテーマに、洋服や飲食アイテム、雑貨など、あらゆる商品を扱うほか、オウンドメディアでのコンテンツ制作も行っている。現在はEC事業のみならず、オリジナル商品の企画開発、WEBサイト上での日々の暮らしに関するコンテンツ配信や、企業とのタイアップ広告、リトルプレスの発行など多岐にわたるライフスタイル事業を展開中。

北欧、暮らしの道具店
https://hokuohkurashi.com/

広告を出さなくても人が集まるサイトとは───青木
広告を出さなくても人が集まるサイトとは
───青木

青木

我々は「お店です」という自己紹介をしながらも、事業自体は出版社に似たメディア的な運営なので、よく「メディアコマース」というカテゴリーに分類されるんですね。ただ、メディアに通販を組み合わせたメディアコマースの成功事例ってほとんどなくて。そんな中で我々が今の規模にまで成長出来たのは、おそらく「私たちはメディアです」という自己紹介をしていないからなんです。仮に「メディアです」と自己紹介してしまうと、基本的に人はメディアに接触する態度になってしまい、お買い物をしていただくときにその態度を大きく変更してもらわねばならないので、実は非常に効率が悪い。なので我々はメディア的に運営しておきながらも、お客様には「お店ですよ」という自己紹介にこだわってるんです(笑)。

鍋田(NDC)

確かに、例えば本を買おうと思ったときにメディアを運営する出版社へ行く人はいませんよね。お店である書店に向かうのが普通です。だとすれば、お店の運営をわざわざメディア的にしようと思ったきっかけは何かあったのでしょうか。

青木

ちょうど日本に北欧ブームが来ていた2006年ごろ、たまたま北欧へ旅行に行く機会がありまして。そのときに「旅行代くらいは取り戻せるかな」と軽い気持ちで買ってきた北欧のヴィンテージ食器の販売から、僕らは事業を始めました。最初は本当に飛ぶように売れていて、食器以外も取り扱うなど順調に見えたんですが、計算してみると利益が全然残らなかったんです。このとき、食器や家具といったインテリア雑貨は通販に向いていないという結論が自分の中で生まれました。昔から通販の世界で成功している商材というのは、食品や化粧品、洋服といったいわゆる消耗品だったんです。その点、食器などは使ってもなくなるわけではないですから、購入頻度も高くないですし、粗利のような観点からも、このまま頑張っても儲かる可能性は低いなと感じました。
じゃあどうしたらいいか、まずは当時かなりの費用をかけていた広告費を削れないかと考えていたときに、世の中には広告を出してお客様を呼ばないとやっていけないWebサイトと、逆に広告を載せてくれと企業から頼まれているサイトがあることに気がついたんです。写真があってテキストがあって…とサイトの構成要素はどちらもほぼ同じなのに、一体何が違うのだろうと考えました。最初は知名度の差なのかなと思ったんですが、調べてみると当時一番広告を出していたのはAmazonと楽天だったんです。むしろ知名度が高くても成長のために広告が必要になると。一方で、Yahoo!ニュースが広告を出しているところを僕は見たことがありませんでした。
つまり、お客様に来てもらって買い物をしてもらうようなサイトは広告を出して人を呼ぶ必要があるんですが、来た人みんなに情報というお土産を渡したり、何らかの楽しみを与えているサイトは、広告を出さなくても自然と人が集まるんです。ですから僕らも、「サイトに来た人全員を楽しませる」というところにスライドすれば広告を出さなくてもいいのではないかと思い、ECサイトのメディア化をしようと。まあ、言ってみれば後付けでメディア的な運営に舵を切ったんです。

余りものから生まれる、真似しにくさ───青木
余りものから生まれる、真似しにくさ───青木

原(NDC)

旅行をきっかけに青木さんはたまたま北欧ヴィンテージ食器を選ばれたわけですが、例えばイランの絨毯を選んでいたとしても同じことが起きたのではないでしょうか。後付けとおっしゃいますが、活動そのものを価値に変えていっているというか、ある種行き当たりばったりの中で発揮されるパワーのようなものをお持ちなのだろうなと感じます。

青木

僕はよくエンジニアリングとブリコラージュという言葉で説明しているんですが、エンジニアリングというのは、料理のレシピのように一つの決まった完成形に向かって進んでいくことで、一方のブリコラージュは言わば冷蔵庫の余りもので料理をする、ありものでなんとか頑張るという手法。僕は典型的なブリコラージュタイプです。その時々に起こることに対して手持ちのカードでどう戦うか、といいますか。その結果として、いいのか悪いのかはわかりませんが、「模倣困難性」の高いものは作れているのかなと思っています。エンジニアリングが出来るというのは、真似しやすい、模倣困難性が低いということ。対してブリコラージュで作られたものは非常に真似しづらいんです。現代はエンジニアリングの効率がAIの登場で極限まで高まっている状態で。だとすると、エンジニアリングされた瞬間にGAFA的なものに真似されてしまう危険性があると。我々のような小さな事業者が長く生き残っていくための術としては、行き当たりばったりなブリコラージュが一番なのではないかと考えています。

「想定以上に頑張るのはやめてください」───青木
「想定以上に頑張るのはやめてください」
───青木

鍋田(NDC)

そういったブリコラージュの結果なのでしょうか、青木さんはWebサイトでの雑貨販売にとどまらず、様々なSNSの運用や動画コンテンツの制作もされていたりと、取り組む事業の幅広さに他の企業とは違う意外性を感じます。事業に関して、これをする/しないという判断を下す際の特別な考え方のようなものが何かあるのでしょうか。

青木

僕の持つ圧倒的な怠惰さというのが挙げられます(笑)。昔から「なんとか頑張らずに問題を解決出来ないか」と考える癖のようなものがありまして。広告を必要としない種類のWebサイトの話にも関連しますが、例えば「もっと広告を上手にコントロールしなければならない」というテクニックの競争になると、すごく萎えてしまう。そもそも「やらなくてよい」にするにはどうすればいいのだろう、という方向で考えるところがあります。
ビジネスって「自分の参加したくない戦いには参加しなくてよい」という側面があると感じていて、これはすごく好きな特徴ですね。なんというか、サッカーでW杯を目指すのではなく、マイナーな競技でもいいからそこで世界チャンピオンになろうという発想が常にあります。つまり意識しているのは、「どこで戦うか」の選択、意思決定です。
例えば新規事業を立ち上げるときも、まだ大したこともしていないのになぜか上手くいきそうな気配がある、みたいな分野を探すのが我々の基本的なスタンスでして。最初はすごく軽く触ってみて、いい感じだったら一生懸命取り組むと。担当者になった社員には「想定以上に頑張るのはやめてくれ」とさえ言っています。その事業に可能性があるのか、あるいは本人のものすごい頑張りでなんとか道が切り開けたのかわからなくなってしまうので。全然水が垂れてこない雑巾をその担当者がもう万力のごとく力いっぱい絞ったから、やっと滴がポタポタ落ちてきただけなのに、そこに企業としてリソースを投入してしまったら大変なことになってしまいますよね。本当は細い腕でちょっと絞っただけでも水がジャバっと溢れる雑巾を探しているわけですから。そういった考えは、いつも頭の中にあります。

失敗ではなく、上手くいった理由を
みんなで繰り返し話し合う───青木
失敗ではなく、上手くいった理由を
みんなで繰り返し話し合う
───青木

鍋田(NDC)

新規事業についてもう少し詳しくお聞きしたいのですが。軽く絞っただけで水が溢れる雑巾のようないい
テーマを見つけた後、具体的にコンテンツをつくる際にはどんなことに気をつけていらっしゃいますか。

青木

コンテンツをつくるときに意識しているのは、「自分がつくりたいもの」ではなくて「自分が欲しいもの」をつくろうということです。あの、ハードコアパンクの音楽をやっている人が家ではオーセンティックなジャズを聴いている…みたいなことってよくあるじゃないですか。つまりクリエイターとしてつくりたいものと自分が読者や視聴者のときに受け取りたいものってけっこう乖離しがちだと思うんです。特に僕らの会社は実は社員のほとんどが元お客様だったりするので、自分が欲しいものをつくると、自分に似た趣味の人が好意的に受け取ってくれるという状況があります。
これもよく言うんですが、ある特定のスタイルに土台を置いたビジネスって難しいんです。消費者からすればその商品が自分の仲間かそうでないかは秒で判断出来てしまいます。わかりやすく言えば萌えアニメなどもそうで。「萌え」の本質って、あるコンテクストの中で共有されている記号の集合なんです。目の大きさがどう、髪がどうなってる、どんな服着てる、どんな仕草してる…といったように、細部に到るまで「わかってるかどうか」の記号が無数に埋め込まれているわけですよね。そんな細かい記号を埋め込みながらコンテンツをつくろうと思ったら、マニュアルを用意してチェックポイントを一つ一つクリアしていくようなやり方では到底無理。息を吸って吐くようにそのスタイルを理解出来ていないと難しいだろうなと。なので僕らも、自分たちと似たカルチャーやスタイルが好きな、似た感覚の人に向けてアプローチをしています。

それからもう一つ、僕らが何かオリジナル商品をつくるときのことを例に考えてみると、どう作ってどう売るか? という会議にはあまり時間をかけないんです。それから、失敗したなというときの反省にもほとんど時間を使いません。でも、上手くいった商品があったときには、それがなぜ上手くいったのか? という振り返りにとことん時間をかけています。それはもう本当に、しつこいくらいに上手くいった理由をどんどん深掘りしていって、その理由の解像度を上げていくんですね。反省会ってみんなシーンとしちゃって、偉い人が出てきて「なんでダメだったのか言ってみろ!」みたいなことになりがちじゃないですか(笑)。でも、「この商品なんだか上手くいったなあ、なんでこれ上手くいったのかみんなで話そうよ」って声をかけると、大人がキャッキャ言いながらうれしそうに話し始めるので、考えもすごく進むんです。経営学者のドラッカーも「予期せぬ成功がイノベーションの鍵だ」と言っていて、僕らはそれをとても大切にしていますし、これからもそれは守っていきたいことですね。