REPORT

江原 理恵
ニューヨーク・スタートアップレポート

Event Date : 2015.01.28

江原 理恵 ニューヨーク・スタートアップレポート

ニューヨークのスタートアップシーンをテーマに、実際に現地で取材をされた江原理恵さんにお話しいただきました。具体的な事例を交えながらスタートアップの全体像をつかんでいくような、楽しくも刺激に満ちた2時間となりました。

スタートアップのなかにいる人たちを深く知りたいと思いました――江原
スタートアップのなかにいる人たちを
深く知りたいと思いました
――江原

NDC

本日は、ニューヨークのスタートアップシーンを取材された江原理恵さんにお越しいただきました。クラウドファンディングで出資を募ってニューヨークへ行ってきたということで、まずはそのあたりのお話から伺えればと思います。よろしくお願いします。

江原

よろしくお願いします。私はもともと、人が集まる場所や、時代のなかで新しく生まれてきているものに強い関心がありまして。それで、スタートアップのエコシステムに興味を持って勉強していたんですが、趣味が高じて、実際にニューヨークへ3ヵ月間取材に行ってきました。クラウドファンディングを使ったのは、そういった新しいものを自分も使ってみて、体感的に理解したうえでお伝えしたいなと思ったからです。

NDC

今回は2回目のニューヨーク取材なんですよね。

江原

はい。1回目はとにかく、「行ってみたい。どうなっているか知りたい」という気持ちでした。ですが今回は、スタートアップのなかにいる人たちのことをもっと深く知りたいと思い、人と会って話を聞くだけではなく、インターンとして一緒に働きながら取材活動をしました。

まさにスタートアップという雰囲気――江原
まさにスタートアップという雰囲気
――江原

江原

週3日、「Shoptiques」というファッション系のスタートアップでインターンをしました。ここは、ローカルなブティックをオンライン上に集めたマーケットプレイスで、日本で言えばZOZOTOWNのような会社です。私は主に、店舗からあがってくるプロダクトのチェックや、写真撮影・画像編集のサポートをしていました。ちょうど私が参加していたのが、総取引量を上げるプロジェクト期間中で。どんどん売り上げも伸びるし社員も増えるし、まさにスタートアップという雰囲気でみんな働いていました。カスタマーサポートのマイクを付けたままコーヒーを買いに出ちゃうような人もいて。勢いのある、非常におもしろいタイミングでした。ちなみに、ここのファウンダーの女性はまだ20代です。ビジネススクールを卒業後、金融とモデルという職業経験を積んで、「Y Combinator」という有名なアクセラレータに入って起業したという、珍しいキャリアの方でした。

江原 理恵 Ehara Rie
 

RE株式会社代表取締役。ボタニカルデザイナー。1977年生まれ、広島県出身。立命館大学文学部卒業。証券会社、ベンチャーキャピタルを経て、2005年、RE株式会社を設立。企業などの移転祝いを専門とするフラワーギフト通販RE flowerを運営するとともに、花を用いた空間演出や展覧会の開催など、ボタニカル(植物・草花)を起点とした人のつながりをデザインしている。また、SNSを活用したコミュニケーションにも積極的で、さまざまな企業に対するソーシャルメディア関連の企画・支援や、ニューヨークのスタートアップシーンの取材、さらにハードウェア・デバイスの開発まで、領域を問わず、多様なデザインに挑戦している。

NDC

Y Combinatorというのは、どのようなところなのでしょうか。

江原

Y Combinatorは、スタートアップシーンで大きな役割を担っている起業家育成企業のひとつです。非常にプログラムが優れていて、メンターや投資家などコミュニティ全体の質がアメリカで最も高いと言われています。ここに入って、3ヶ月の集中指導を受けた後、各スタートアップはデモデーと呼ばれる日に自分の事業をプレゼンし、投資を受ける機会をもらいます。

またShoptiquesのほかには、週2日「to.be」というスタートアップに机を借りてサービスづくりのお手伝いをしたり、人に会って話を聞いたりしていました。to.beは、映像や音楽のデータを組み合わせて、プラットフォーム上で簡単にコラージュがつくれるというサービスを展開しています。実際に物を売るShoptiquesのようなeコマースとは対照的に、こちらはエンジニアが中心となって、ひたすらサービス開発をしていくスタイルでした。ユーザーに関しても、Shoptiquesのほうはある程度お金を持っている30代から40代の人がお客さんだったのに対し、こちらはティーンから20代前半くらいのクリエイティブなデジタル世代が主に使っていたりと、タイプの異なる2つのおもしろい会社を体験することができました。

ニューヨークは、人材育成に力を入れていました――江原
ニューヨークは、
人材育成に力を入れていました
――江原

江原

先ほどY Combinatorの話も出ましたが、ニューヨークはスタートアップの土壌ができてまだ10年くらいなので、人材育成に非常に力を入れています。特にスタートアップは、新しい職業がどんどん必要になってくるんですね。たとえば「UXデザイナー」といっても、UXデザインを教えてくれる人はまだあまりいませんし、学べる場所も限られています。そこで、UXデザイナーやデータサイエンティストといった、スタートアップにおいて必要かつ新しい職業に特化して、即戦力になるくらいまで育てる「General Assembly」という学校のような場所があります。

ほかにも、投資家やメディアを前にして自分たちのサービスを発表するDemo Dayと呼ばれるイベントや、特定の分野に特化したトークイベントなどが数多く開催されていました。こういった場でサービスをアピールしたり、新しい人と仕事をする機会を得るなど、オフラインでのつながりを非常に丁寧につくっていて。人を育て、コミュニティのなかでの関係性を強くすることに時間とお金をかけているのが印象的でした。

サービスについて、さらに詳しく教えてください――NDC
サービスについて、
さらに詳しく教えてください
――NDC

NDC(原 研哉)

スタートアップが次の産業の芽をつくっていくという流れが、ニューヨークでは起こっているわけですね。起業して自分のビジネスをつかもうとしていて、そのためのコツのようなものを教えてくれる場所もあって。

江原

はい。これまでの流れということで言えば、まず2005年頃からスタートアップシーンが立ち上がりはじめ、その後、iPhone発売をきっかけにモバイルアプリやクリエイティブコミュニティをサポートするようなサービスを展開するスタートアップが急成長しました。そのことで、ニューヨークのスタートアップコミュニティが拡大しはじめまして。リーマンショック後には、ニューヨークをテックシティにするべく市がサポートを拡充し、2012〜2013年頃には誕生間もないスタートアップに小規模投資するシード投資が加速して一気に全米で投資総額が2位にまで成長しました。また最近では、クリエイティブの分野など、ビジネスモデルが確立していたわけではない領域のスタートアップが増えてきました。

NDC

クリエイティブ系というのは、具体的にはどのようなものでしょうか。

江原

主に映像ですね。長いものから短いものまで、動画に関するサービスが増えてきていると感じます。GIFという短い動画を検索できるサービスですとか。そういったクリエイティブ分野のスタートアップが盛んになっている一方で、BtoB、法人向けサービスの需要が高まっているのも、このところの傾向です。
一般の人のインターネットリテラシーは向上しているのに、企業のインフラがそれに追いついていないことがありますよね。たとえばカスタマーサポートなどは、チャットでやってほしい人もたくさんいるのではないかと思いますが、それを実現する技術や機能が企業になかったり…。そこは産業のパイとして大きいので、スタートアップの持つテクノロジーが企業と結びついていくということが起きています。

NDC

法人向けサービスが存在感を増しているなか、コンシューマー向けのサービスはどういった様子なのでしょうか。

ネット社会での人望が生まれていきそうです――NDC(原 研哉)
ネット社会での
人望が生まれていきそうです
――NDC(原 研哉)

江原

コンシューマー向けでは、いわゆるモバイルオンデマンドサービスがアメリカ全体で非常に伸びています。タクシーのようなライドシェア型のサービスを提供する「Uber」や、掃除の代行をしてくれるサービス、ちょっとしたおつかいをしてくれるサービスなど、とにかく「モバイルで何かしたい」と思ったときにそれを解決してくれるサービスがトレンドのひとつになっています。

また、ニューヨークで成功している例としては「Airbnb」があります。これは部屋の空きスペースなどを好きな期間だけ貸すことができるサービスです。基本的には貸し主にすべての権限があるので、泊まる人を選ぶことができます。たとえば原さんが「部屋に泊まりたい」と思っていても、貸し主が原さんという人物を全く知らなかったら、部屋を貸すのは難しいですよね。そういうとき、貸し主は、相手が過去に「いいお客さんとして滞在していました」という評価を受けているかどうか、つまり部屋を貸してもよさそうかどうか、レビューを見て判断します。泊まる側としては、いい評価を得ていればさまざまなところに泊まりやすくなりますし、また貸す側も同様に評価されるので、高い評価を受けているほどお客さんが集まるという仕組みです。ホテルの宿泊代が高いニューヨークではとても人気のあるサービスで、部屋ではなく駐車場を一時的に貸したり、100%稼働していない会議室を貸し出すといった応用もされています。

NDC(原 研哉)

サービスを提供する側とされる側がお互いに評価しあう仕組みはおもしろいですね。五つ星ホテルに泊まりたければ、五つ星の泊まり人でなければならないわけで。こういうことによって、ネット社会での人望のようなものが生まれていきそうです。それはなんというか、べつのお金持ちといったような。

サービスの周辺産業が気になります――深津
サービスの周辺産業が気になります
――深津

江原

Airbnbのほかに「Kickstarter」「Etsy」といったスタートアップもご紹介します。Kickstarterはニューヨークを代表するスタートアップのひとつで、クラウドファンディングのサービスを展開しています。まだ世に出ていないプロジェクトを掲載して資金を集め、目標金額に到達したらその資金をいただいてプロジェクトをスタートするというものです。プロジェクトのカテゴリーは多岐にわたり、テクノロジー、映像、デザイン、ファッション、舞台など、非常に幅が広いです。目標金額も10万円くらいから設定できるので、大きなものから小さなものまで、多様なプロジェクトが動いています。

またEtsyは、手工芸品のためのマーケットプレイスです。趣味でものづくりをしている人が、簡単に作品を販売できるサービスですね。

深津

日曜大工でつくった椅子や、手づくりのビーズ人形といったものを売ることができるEtsyですが、そこで作品を販売するつくり手の人よりも、チェーンやビーズなどを売る業者が一番売り上げをあげていると聞いたことがあります。そういった周辺産業の部分はいかがでしょうか。

江原

ご質問いただいたように、あるサービスが大きくなってくると、それをサポートするサービスがどんどん生まれてきて、ひとつのエコシステムができあがってきますね。Etsyがすごいのは、手工芸品に関心がある人をぜんぶつかんでいるところだと感じています。なにかつくるときに必要なものはなんでも売っていて、本当にいいものはちゃんと売れているし、さらにつくりかたを知るレシピサイト的な使い方もできて。

NDC(原 研哉)

本当にいいものをつくる人と、それを販売するブランドと、買いたい人との出会いが、こういう手工芸品のようなものこそ最小なんでしょうね。その出会いをEtsyのような場で最大化してみると、いろんな産業がまわりはじめるというのはすごくよくわかります。

スタートアップが伸びるときに必要なもの3つ――江原
スタートアップが伸びるときに
必要なもの3つ
――江原

NDC

ご紹介いただいたスタートアップは、どれもデザインがきれいでわかりやすいと感じました。デザインをしっかりつくっていることも、ニューヨーク・スタートアップの特徴のひとつなのでしょうか。

江原

そうですね。エンジニアリングを第一に考えるシリコンバレーに対して、ニューヨークはデザイン感度の高い方が多いので。特に産業もファッションやブランドが中心なので、デザインのレベルはもともと高いですよね。ご紹介したスタートアップも、特にデザインがおしゃれなところを選んでお見せしたというわけではないです(笑)。

NDC

アメリカと比較して、スタートアップは日本で生まれにくいようなイメージがあるのですが、江原さんはどう思われますか。

江原

まだ日本はスタートアップの土壌が豊かではないですし、人も少ないんですよね。それでそういうイメージがあるのかもしれません。ニューヨークでスタートアップが急成長したのは、市長が強い力を入れたということが理由のひとつとしてあると思います。いろいろなコミュニティが一致団結して、テクノロジーを使って産業を活性化させていこうという気運がありました。そういったことも含めて、環境の違いが大きいのではないでしょうか。

NDC

ニューヨークではスタートアップが非常に盛んなようですが、それはやはりY Combinatorのような育成機関が充実しているからなのでしょうか。

江原

これも私は、環境、エコシステムによるところが大きいと感じています。スタートアップが伸びていくうえで必要なのは、「起業家」「投資家」「コミュニティ」の3つだと思っていまして。アメリカは起業家の数がとにかく多いから、起業家同士で助けあうということがありますね。それから投資家の数も多いので、いろいろな形でアドバイスを受けることができて。さらにコミュニティも充実しているので、たとえば一緒に起業するメンバーをスタートアップのイベントで見つけたという人もけっこういるんですよ。もちろんすべてお膳立てするわけではないですし、自分が強い力をもってやっていかないといけないんですが、周囲がとてもサポーティブだというのが、スタートアップが盛んな理由なのではないでしょうか。だんだんと、新しいことがやりやすくなっている時代なのかなと思いますね。