NDC LUNCH
MEETING

田中良治
セミトランスペアレント・デザイン

Event Date : 2014.02.14

田中良治 セミトランスペアレント・デザイン

先進のテクノロジーや独自の発想で、デザインの可能性を広げる人たちがいます。
さまざまな領域を横断し、これからのデザインをともに考える対話の場「NDC LUNCH MEETING」。
今回は、メディアやテクノロジーの壁を超えて活動されている、田中良治さんをお迎えしました。

「tFont」という作品は、グラフィックデザインを意識して生まれました―― 田中
「tFont」という作品は、
グラフィックデザインを
意識して生まれました
―― 田中

NDC

田中さんがデザインに興味を持ったのは、グラフィックが最初だったと伺ったのですが。

田中

そうですね。僕はもともと、大学では物理化学の勉強をしていたのですが、卒業してメディアアートの学校に進んでから、グラフィックに興味が出てきて。Webの制作会社に入ってからも、しばらくは、グラフィックデザイナーになりたいと思っていました。
「tFont」という作品も、グラフィックデザインを意識して生まれたものなんです。
Webの世界は当時、技術の発達に追いつくことに終始している印象でした。Webというメディアについて深く考えている人は、あまりいない気がしていました。
でも僕は、もう少しインターネットの真理に近づきたかった。
だから、グラフィックのような業界に、対話のできる相手を見つけたいと思いました。グラフィックの人は、すでに確立している技術を使ってどう深めていくのかを、常に考えている気がして。それで「グラフィックデザインのコンテクストにはまるような、Webデザイン」を作ろうと考えました。
「tFont」は、光が1秒間かけて文字の軌跡を描いていて、スローシャッターで写真を撮ると文字になる、というもの。つまり、時間軸を持った書体です。
Webにあってグラフィックにないモチーフを考えた結果、たどり着いたのが時間軸という要素でした。

NDC

この作品がきっかけで、NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)や山口情報芸術センター(YCAM)での展示など、活躍の場を一気に広げられていったんですよね。

メディアという壁を取り払ってみたら、好きなものはすごく似ていた―― 田中
メディアという壁を取り払ってみたら、
好きなものはすごく似ていた
―― 田中

田中

デジタルとグラフィックについては、常に考えていて。
クリエイションギャラリーG8の方と企画した「光るグラフィック展」という展示があります。RGBとCMYKのデザイナーをそれぞれ呼んで、並列に展示することで、デジタルとグラフィックを接続して見せるという内容です。
スクリーンとグラフィックの違いって、透過光で見るか、反射光で見るかだということは、頭ではわかっています。でも、その違いを実際に検証してみたいと思ったんです。そういう基礎実験みたいなことって、絶対大事だと思っていて。

田中 良治 Tanaka Ryoji

Webデザイナー。1975年生まれ、三重県出身。同志社大学工学部・岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー卒業。2003年、セミトランスペアレント・デザインを設立。黎明期よりネットとリアルを連動させる独自のデザイン手法を確立し、多くのWeb広告を制作する。TIAA、カンヌ国際広告祭、クリオ賞、One Show、LIAA、New York ADC、D&ADなど国内外の広告賞を多数受賞。2008年にNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)、2009年に山口情報芸術センター(YCAM)、2010年にはクリエイションギャラリーG8にてインスタレーション展示など、その表現領域を広げている。

NDC

この顔ぶれが集まる展示というのも、なかなかないですよね。

田中

企画を思いついた背景に、ラファエル・ローゼンダールと勝井三雄、という軸があって。似てるなと思っていたんです、きれいなグラデーションだなあと。

NDC

気鋭のネットアーティストと、日本のグラフィックデザイン界の大御所…。この二人を組み合わせる、というのがすごい発想です。

田中

使っているメディアという壁を取り払ってみたら、好きなものはすごく似ていた、ということはあると思う。
最近ラファエルはプリントの作品を作りはじめていて、一方勝井さんは、僕たちと一緒にオンスクリーンの作品を作りはじめていて。美意識は似ているところがありつつ、メディアの使いかたはクロスしはじめているところも、おもしろいなと思っています。

テート・モダンで見たモネとロスコ、「これがデザインだ」って、言われたような気がしました―― 田中
テート・モダンで見た
モネとロスコ、
「これがデザインだ」って、
言われたような気がしました
―― 田中

田中

それからもうひとつこの展示のきっかけとして、ロンドンでテート・モダンに行ったときの体験がありました。
展示室に、モネの「睡蓮」とマーク・ロスコの作品が並列にかかっていたのですが、色合いがちょっと合っていて。モネの作品の一部を、ぐわっと拡大したらロスコになるみたいに見えたんです。
僕はそのときまで、モネとロスコがつながるなんて全然思っていなかったので、びっくりして。これって完全に、キュレーターによる、編集という名のデザインだなと。
すでにあるものに自分の編集を入れることで、新しい価値とか、パースペクティブを見せられるんだと、突きつけられて。「これがデザインだ」って、言われたような気がしました。僕もそういうことをやらなくてはと。
デザインの領域が広がってきていると言われますが、意匠の延長としてだけではなく、編集という視点からも、まだまだやれることがあるなと思っています。

市場調査の結果に、まずは従ってみる―― 田中
市場調査の結果に、
まずは従ってみる
―― 田中

NDC

アーティスティックなセミトラではない、ビジネスのセミトラについても聞いてみたいです。
マーケティングをやっている会社との仕事だと、市場調査のデータを見せられて、悩んでしまうことってありませんか。

田中

マーケティングの言う通りにしてみると、意外にいい場合もあるかもしれない。だからまずは、市場調査の結果に従ってみます。それでそこからどうするかみたいな、長期スパンで考えるようにしています。

Webをきちんとするには、その他の企画も提案することになるんですね―― 田中
Webをきちんとするには、
その他の企画も提案することに
なるんですね
―― 田中

田中

仕事の場合は、あらかじめ課題が設定されているので、そのためのアイデアを考えていきます。仕事以外の制作では、課題を見つけるところからはじめなくてはいけないので、そういう意味では仕事はやりやすくもあって。ときどきクライアントに、課題の設定が間違っているのでは? みたいなことを言って、怒られたりもするのですが。
基本的にWebはメディアなのでコンテンツがないと成立しません。例えば「スヌーピー展」ではSNS上に沢山の写真がアップされるようにするために展覧会場にスヌーピーと写真を撮れるブースが必要だと提案して作ることになったり。
Webはもちろん丁寧に作りますが、あわせて、どういうことをすればWebが盛り上がるかも考えます。コンサル兼企画みたいなことですね。

NDC

Webをきちんとしようとすると、自動的に、コンテンツを含めた企画も提案することになるんですね。

Webって、ゴールではなく、スタートを作ることなんです―― 田中
Webって、
ゴールではなく、
スタートを作ることなんです
―― 田中

田中

例えば、ポスターを作るのは、理想の状態に近づけていく作業だと思います。でもWebって、ゴールに向かっていく作業ではないんですよね。
Webは、できるだけいいスタートを考える、ということなんです。つまり初期設定の段階で、今後大きくしていく価値があるもの、大きくなるポテンシャルのあるものを、どれだけ設定できるかが重要です。そしてWebは、その後の運用によっても、よさが全く変わってくる。だから気長にやるのがいい。
あとよく言うのは、Webって企画書映えするものが意外にだめで。余白だらけで、どうなるかわからない企画のほうが、うまくいったりする。
それって意外に、すべてのことの真理だという気もしていて。だれかひとりのストーリーテリングは、どれだけ壮大でも限界がある。だから僕は、それぞれの人が持っているストーリーとつながって、増幅していくようなものが作れたら、それがいいサイトだなって思います。

表現とテクノロジーをくっつけるコツって?―― 深津 貴之
表現とテクノロジーを
くっつけるコツって?
―― 深津 貴之

深津

表現とテクノロジーをくっつけるコツって、どんなことを考えていますか。

田中

テクノロジーのカタログを見ないこと、です。
特にうちのプログラマーは、天才すぎて(笑)、ライブラリの組み合わせでできるようなものは、モチベーションが上がらないみたいで、やってくれないんですよ。

NDC

(笑)。

田中

だからプログラマーに頼むときは、プログラムの手段から考えないようにします。素直に、表現したいものの理想を伝えると、意外に未開拓なものがあったりする。できるだけ、前例のないお題を投げかけるみたいなことかもしれません。

完成度を問われないようにするため、わざと正面から殴り合わないようにします―― 田中
完成度を問われないように
するため、
わざと正面から殴り合わない
ようにします
―― 田中

NDC

アイデアはもちろんですが、完成度の高さもすごいなと思って。何か考え方があるんでしょうか。

田中

ディテールがパーフェクトでなくても、大丈夫な感じにします。技巧勝負にもちこまないというか。「光るグラフィック展」のフライヤーも、書体はビットマップにして、これで字の詰め方がどうとか言われないなとか(笑)。わざと正面から殴り合わないようにしています。

NDC

それってグラフィックにもありますよ。あとなんとなく、今の人ってあんまり詰めないですよね。スペーシングをしていることのほうが、まどろっこしく見えるみたいな。

田中

時間がある場合はすごく詰めたりとか、文字から作ったりもするんですけどね。

グラフィックにとってのシルクや箔、デジタルにもあるんでしょうか?―― NDC
グラフィックにとっての
シルクや箔、デジタルにも
あるんでしょうか?
―― NDC

NDC

素朴な質問なんですが。グラフィックにとっての、シルクスクリーンや箔押しみたいなものって、デジタルにはないのかなと。

田中

シルクや箔って、ニュアンスじゃないですか。僕も、Webでニュアンスってできないかなと思っていて。
これは「Linen Fruits」というブランドのサイトなんですが、スクロールが微妙に、左ななめ上に上がっていっているという。

NDC

(笑)。

田中

当然液晶の画面はつるつるで、質感は出ないので、動きに。

NDC

なるほど。質感をそのまま翻訳してしまうと、ドロップシャドウをつけるというようなことになりがちですが。

田中

そうなんです。意匠で質感をつけるということではなくて、「ブラウザってこういうもの」という固定観念を、少しだけずらしてあげる。そうすることで、ニュアンスって出てくるのではないかと。
最後、急にディテールの話になってしまいましたが(笑)。こういう細かいことって、僕は大好きなんですよね。