REPORT

原 研哉 × 林 信行
Simple × Design

Event Date : 2012.09.18

原 研哉 × 林 信行 Simple × Design

原 研哉(デザイナー/日本デザインセンター代表取締役)
林 信行(ITジャーナリスト/コンサルタント)
川島 蓉子(伊藤忠ファッションシステム)
林 千晶(株式会社ロフトワーク代表取締役)
2012年9月18日にPOLYLOGUEで開催した「Simple × Design」では、「なぜシンプルであることはラディカルな価値を生むのか」「デザインにおけるシンプルとエンプティネス」などをテーマに、原研哉と林信行さんによるトークイベントを行いました。ゲストに伊藤忠ファッションシステムの川島蓉子さんを迎え、ロフトワーク林千晶さんの進行のもと、会場全員が「シンプル」についての思索を深め合うような参加型のイベントとなりました。

Simpleというのは、実は簡単なものではなくて複雑であることよりも難しい―― 林 信行
Simpleというのは、
実は簡単なものではなくて
複雑であることよりも難しい
―― 林 信行

 

かつてスティーブ・ジョブズは「シンプルであることは、複雑であることよりもむずかしい。物事をシンプルにするためには、懸命に努力して思考を明瞭にしなければならないからだ。だが、それだけの価値はある。なぜなら、ひとたびそこに到達できれば、山をも動かせるからだ」と言いましたが、アップルはまさにその言葉を体現してきた企業です。

たとえばアップルは時価総額で最近までエクソンモービルと首位の座を争っていましたが、今年に入ってその差はどんどん広がっていって、ついに過去のマイクロソフトの最高額を塗り変えるほどの時価総額にまで到達しました。そのことの何がすごいかというと、アップルの製品というのは、すべてを並べても一個の机の上に収まってしまうくらいに数が少ないということ。机の上に収まるわずかな数の製品だけで、年間400億ドルの時価総額を達成していることがすごいのです。携帯電話にしても、他社が種類をたくさん出している中で、アップルは年間たった1台のiPhoneしか出しません。複雑な商品展開をせず、シンプルに1台に全力を尽くして、それだけで他社を大きく上回る利益をあげている。またすべての製品において、形をシンプルにしていることも重要です。シンプルだから男性でも、女性でも、高齢者でも、子供でも使える。そこに鏡のように自分を投影できて、各々のインスピレーションを生み出すことができます。このようにアップルは、商品数においても、デザインにおいても、徹底してシンプルを貫くことで他社にはない価値を打ち出し、まさに世界という山を動かしているのです。

なぜ日本人がアップルを生み出せなかったか、ということについては、あまり悔しがる必要はないのではないでしょうか。ソニーにせよ、仏教にせよ、ジョブズは日本の影響を多分に受けている人ですから、そのことを誇っていいと思います。ただ、今の日本の企業の体質には問題があって、現在の縦割り分断組織から部門のすべてを横断できる総合組織に変革しないといけない。日本は個人レベルでは、スポーツ選手、建築家、デザイナー、アーティストなど、世界に誇れる人材がたくさんいる。足りないものはチャンスだけであって、組織さえ変われば希望は充分にあると思います。

林 信行 Hayashi Nobuyuki
フリーランスITジャーナリスト

『iPhoneショック』(日経BP)の筆者。大学や企業で講演をしたり、製品/技術開発のブレインストーミングに参加することも多く、製品コンサルタントとしての顔も持つ。

日本はシンプルではなくエンプティネス それはあらゆる自在性を受けとめる空っぽの器―― 原 研哉
日本はシンプルではなくエンプティネス
それはあらゆる自在性を受けとめる
空っぽの器
―― 原 研哉

 

まず「シンプル」を考える上で、日本の「エンプティネス」と対比して考えてみたいと思います。古来より日本は空っぽ(エンプティネス)を運用してきました。昔の日本人は自然の中に神様がいると考えていて、その神様を呼び入れるために空っぽの神社をつくりました。中身は空っぽだけど、ひょっとしたら神様が入るかもしれないという場所です。つまり日本人は、そこにある「可能性」を拝んできたのですね。それが日本のエンプティネスの源流です。室町時代に生まれた銀閣寺や茶の湯、また日本の国旗の赤い丸も同じ流れの中にあります。それらはすべて、どんな意味も自在に受け入れる空っぽの器として、あらゆる可能性を内包します。

一方、シンプルという概念は150年ほど前に生まれました。それ以前の世界では、国を治める絶対的な力の象徴として、あらゆるものに複雑な文様が刻まれていました。中国の龍や渦巻きの模様、イスラムの幾何学模様、バロックやロココ様式など、世界は複雑性に満ちていました。しかしそんな情勢も、社会の中心が王から個人へ移ることにより一変しました。力の表象としての過剰な装飾は消え、モノと人間の関係性を最短距離で結ぶかたちが合理的だと考えられるようになりました。そこにシンプルが誕生したのです。

無印良品はエンプティです。テーブルにしてもベッドにしても、1つの商品があらゆる文脈で使い道を持ち、あらゆる人たちに「これでいい」と思わせることができる、究極の自在性を携えているからです。ここが他のブランドとの一番の違いであり、それはシンプルという概念が持つ合理性とは異なる価値観でもあります。アップルもまたエンプティだと思いますが、無印良品は何かを構築するのではなく減らしていく、掃除していく中で商品を見いだしていくという着想なので、本質が異なると思います。

この世界には、デザインされていないものは存在しません。この椅子の先についたゴムだって、このペットボトルのキャップだって、誰かにデザインされている。つまり、すべての場所、すべての環境に人間の叡智が蓄えられているのです。そのことに気づくことで、世界に対する見方は一変します。きしみはじめた世界を生き延びていくため、デザインは人類共通の教養としてますます大事になってくると思います。

原 研哉 Hara Kenya
日本デザインセンター代表取締役

アップルを目撃した私たちは、これから何を生み出せるのか―― 林 千晶
アップルを目撃した私たちは、
これから何を生み出せるのか
―― 林 千晶

 

シンプルやエンプティネスは、安易なことではない、簡単なことではない、突出させることだと聞いて「〜道」のように1つのことを極めることに長けた日本人に合った考え方だと思いました。アップルの考え方も日本人として共感できます。これまで日本は「カイゼン」を始めとして様々な考え方を世界に輸出してきましたが、それが世界で育ち、その成果物を日本は再び学び直そうとしています。今日の話でいうと、日本があり、その日本に影響されたスティーブ・ジョブズがアップルという新しい道を開き、それを見て私たちが感動する。それを受けて私たちはこれから何を生み出せるのか、どう変わっていけるのか。大きな可能性を感じる時間でした。

林 千晶 Hayashi Chiaki
株式会社ロフトワーク共同創業者、代表取締役

日本という資源の存在に、みんなが気づき始めている―― 川島 蓉子
日本という資源の存在に、
みんなが気づき始めている
―― 川島 蓉子

 

飛び入りの参加でしたが、多面的な話をライブで聞けてとても面白かったです。最近、日本について語る機会がとても増えてきています。日本という財産・資源の存在に、みんなが気づき始めているのだと思います。こんなとき、私たちは何をすればいいのか、何ができるのか。次の機会には、そんな話ができたらと思いました。

川島 蓉子 Kawashima Yoko
伊藤忠ファッションシステム株式会社