REPORT

落合陽一
フレームのないメディアが、
人間の身体とコミュニケーションを変える

Event Date : 2018.06.14

落合陽一 フレームのないメディアが、 人間の身体とコミュニケーションを変える

研究者、メディアアーティスト、起業家など、さまざまな顔を持ち、「現代の魔法使い」とも呼ばれる落合陽一さん。「デジタルネイチャー(計算機自然)」という独自の世界像を掲げ、リアルとバーチャルの線引きを超えたものづくりに取り組まれています。そんな落合さんをお迎えして、今までの活動や新たなメディア装置の構想、これからの日本がめざすべき姿など、幅広い領域のお話を伺いました。

人間をサポートするための最適化計算
人間をサポートするための最適化計算

落合

僕が今やっていることは、主に3つです。1つ目は大学での研究。自分が主宰する研究室でホログラムを応用する研究や最適化計算をやっています。最適化計算というのは、AIで最適な関数を求めることです。2つ目はメディアアート。学部の頃からかれこれ10年くらい作品を作っています。3つ目は、自分の会社でのイノベーション開発。企業が新しいプロダクトや製品の企画を考える時に、どうやってテクノロジーを入れたらいいのかを考えています。

この他にもテクノロジーを使った社会活動など、色々なことをやっていますが、すべてのベースになっている僕の考え方はこうです。人間がいて、人間に対して何らかの波動生成器がある時、その波動は幾何演算やAIを使って最適化できます。つまり、カメラやディスプレイ、スピーカーといったハードウェアからデータを切り離して最適化計算して、人間に向かって光や音を生成できるということです。こういうモデルを使って、人間のセンサーやアクチュエーター*1に対してどれだけ情報を与えたり、サポートしたりできるのかを考えています。
*1. エネルギーを運動に変換する装置

フレームのないメディア装置を作りたい
フレームのないメディア装置を作りたい

修士論文を書いていた頃は、物体の見た目に興味がありました。物体には反射や質感がありますよね。それを関数でどうやって表すかは、コンピュータグラフィックスの世界では研究されていましたが、実際に反射や質感をアクティブに切り替えられるマテリアルはなかなかなかった。そこで、「高速で物体を揺らせばいいんじゃないか」と思いついて、シャボン膜を揺らしてみたんです。その結果、『A Colloidal Display』という作品ができました。超音波でシャボン膜の表面全体を細かく振動させることで、光を乱反射させて質感を作り出しています。こんな風に、超音波や光が空間をどう伝播するかを考えるのが好きなんです。

A Colloidal Display

 

その後、博士課程ではコンピュータグラフィックスの研究をしていました。その頃からずっと「どうやったらメディア装置は次の段階に行くのか」というテーマに興味を持っています。メディア装置というのは、カメラやプロジェクター、スマートフォンのディスプレイのことです。こういった何らかのフレームで切り取られたメディア装置は我々の社会にいっぱいありますが、フレームの外に出てくるようなメディア装置はまだ作られていない。つまり、ここが最大到達点ではないということです。フレームのないメディア装置を作る上で、今僕が可能性を感じているのは、空間の波動分布をコンピュータシミュレーションによってコントロールするという方法です。例えば、空間の四隅にコンピュータシミュレーションで超音波のメッシュを作る。そのメッシュの上に物体を浮かせれば、フレームがなくても映像を投影することができます。

落合陽一 Ochiai Yoichi
メディアアーティスト、博士(学際情報学)、Pixie Dust Technologies,Inc. CEO、筑波大学 学長補佐・デジタルネイチャー推進戦略研究基盤 基盤長/准教授

1987生、メディアアーティスト。2015年東京大学学際情報学府博士課程修了(学際情報学府初の短縮終了)、博士(学際情報学)。日本学術振興会特別研究員DC1、米国Microsoft ResearchでのResearch Internなどを経て、2015年より筑波大学図書館情報メディア系助教デジタルネイチャー研究室主宰。同年Pixie Dust Technologies,Inc.を起業しCEOとして勤務。2017年よりピクシーダストテクノロジーズ株式会社と筑波大学の特別共同研究事業「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」基盤長/准教授。筑波大学学長補佐、大阪芸術大学客員教授、デジタルハリウッド大学客員教授を兼務。専門はCG、HCI、VR、視・聴・触覚提示法、デジタルファブリケーション、自動運転や身体制御。

この方法は、映像だけではなく音にも活用できます。例えば、空間に分布する音を最適な位置に集めてメッシュを作り、特定の地点だけで音が聞こえるように制御する。そうすると、同じ空間にいる2人の人に向けてそれぞれ違う音を鳴らしたり、右から左へ音を移動させたりするスピーカーを作れるわけです。これは、蓄音機やサラウンドスピーカー、ヘッドホンなど、人類が今まで発明してきたオーディオスピーカーには実現できなかったことです。

「デジタルネイチャー」という新たな自然環境
「デジタルネイチャー」という
新たな自然環境

真面目な研究者モードでしゃべっていましたが、メディアアーティストとしては、ホログラムを使って空間に形を作ったり、映像を投影したりということばかりやっています。つまり、「物質と映像という境界線をどうやって壊すか」が作家性のポイントです。この『Fairy Lights in Femtoseconds』は研究と作品の両方のコンテクストに位置していて、「空中に浮かぶ触覚のある映像を作りたい」というモチベーションで作ったものです。プラズマを発火させて空中に直接像を描く装置なんですが、SIGGRAPHに論文採択された他、2016年のPrix Ars Electronica*2でも賞をもらいました。

あとは、波動にも興味があるので、波動分布のような表現をするために、吊り下げたフレネルレンズ*3を通して反転した風景を見せる『Morpho Scenery』という作品を作ったこともあります。この作品のポイントは、フレネルレンズをモーターで揺らすことによって風景を波打たせているところです。そしてある時、「この波のような綺麗さって、鯖に似ているんじゃないか」と思ったんです。これには深い理由があって、鯖は上から来る敵に見つからないように背中が水面のようになっている一方で、下から来る敵に見つからないようにお腹は太陽のきらめきを模倣した銀面になっています。つまり、鯖は『Morpho Scenery』の風景画を反転させた状態なんです。

少し話が飛びますが、僕は以前有名なファッションデザイナーのショーのデータを大量に機械学習させて、そのデザイナーっぽいパターンを生成する研究をしていました。この「それっぽくないものをはじく」というパターン生成と、外敵から身を守るために遺伝的プロセスによって体が風景画のようになった鯖は実はすごく似ているんですね。コンピュータは二進法、DNAは四進法という違いはありますが、コンピュータの解像度が高くなり、自然現象の解明が進んだことで、どちらもデジタルプロセスによる自然が発生するようになった。今、世の中はデジタルな自然とフィジカルな自然の区別が解像度的にはつかない状態に近づいています。僕は自分が提唱している「デジタルネイチャー*4」に基づいて、こういった、生物とデジタル計算機、もしくは自然とデジタル計算機が混ざったところに美しいものがあると考えて、アプローチを続けています。
*2. オーストリアの国際的なメディアアートフェスティバル「Ars Electronica」が主催する賞
*3. 同心円状の切れ込みが入った薄いレンズ
*4. コンピュータと非コンピュータリソースが親和することで再構築される新たな自然環境

日本の課題はテクノロジーで解決できる
日本の課題はテクノロジーで解決できる

大学での研究やメディアアーティストとしての活動、自分の会社でのイノベーション開発の他に、国の研究開発プロジェクトにも携わっています。中でも一番力を入れているのが、身体の多様性の問題を解決することです。今、日本は少子高齢化していますよね。そんな社会状況の中で、耳や目、鼻などの器官が弱ってきたご高齢の方たちをサポートするために、テクノロジーで何ができるのかを考えています。

具体的な事例としては、人間の目のピント調節能力によらない網膜投影技術の研究をしています。人間の目は弱ってくるとピントを調整する機能が低下してしまうんですが、網膜に直接情報を投影すれば、網膜の分だけ空間にエネルギーを打ち込めばいいので、ちょうどよく物が見えるはずなんです。なぜ今こういった研究が可能になったかというと、フェイストラッキングやアイトラッキングをコンピュータで高速処理できるようになったからです。つまり、人が見ている場所とそこに情報をどう出すかということを上手く組み合わせて計算できるようになったんですね。

その他にも、耳が聞こえない人に向けた、音が聞こえると振動して触覚を伝える装置の開発に携わっています。例えば電車に乗っている時に降りる駅を教えてくれたり、自分の名前が呼ばれたら教えてくれたりするものです。とはいえ、人によってこの機能を使いたいシチュエーションはそれぞれ違うので、どういう時に装置が振動するのかをユーザー自身がプログラミングする必要があります。なので、プログラムの開発環境もユーザーとのワークショップを通じて作っているところです。

こういった研究に今、力を入れている理由は、有権者の半分以上が65歳になると、技術イノベーションの政策に予算がまったく割かれなくなるかもしれない危機感からです。おそらく、技術イノベーションを起こすよりも、社会保障で保険を安くしたり、高齢者の負担を減らしたりする政策の方が支持されるようになります。ですが僕は、身体の多様性や社会保障に関わる能力を抜本的に改善できるのは、テクノロジーしかないと思っています。もし2030年、40年までに「技術イノベーションを起こせば社会がよくなる」という考え方が社会に浸透しなかったら、日本は問題解決をすべて人間の手でやる国になってしまう。そういった事態にならないよう、今後10年以内が最後のチャンスだと思って、研究を進めたり、論文を書いたりしています。

Ontenna

「わびさび」が起こすイノベーション
「わびさび」が起こすイノベーション

人口減少や高齢化が進む日本にとって、「撤退戦略の中でどうやって成長するか」というのがこれからの大きなキーワードになると思います。特に重要なのはインフラの撤退戦略です。インフラの維持コストって、ものすごくかかりますよね。例えば山奥におじいさんが30人暮らしていて、そこに送電するコストよりも維持するコストの方が高いとします。でも、コストがかかるからと言って、電力を切断してしまうとおじいさんは全員死んでしまう。そういう状況を解決するためには、ブロックチェーンのような分散型のネットワークは一つの技術的解決策かもしれません。例えば、相互認証式にしたエネルギーの交換システムを設計したり、セキュア*5なシステムを作ったりして解決する。大規模なネットワークでは成立しない考え方ですが、自己コロニーのようなものを作れるようにネットワークサイズを変えれば可能になるわけです。

日本は世界に先駆けて人口が減っているから、どういうネットワークを作るかという問題と、どういう局所再起を図るかという問題をインフラの中で選んでいかないといけない。そのためにはひとつひとつの問題をパラメータ*6化したデータを使って最適にしていくことが今後は必要になってくると思います。

一方で、最近経済学に詳しい方と話していた時に、「『わびさび』って経済政策としてはとても優秀だよね」と言われてハッとしました。どういうことかというと、我々の社会が撤退戦略に転換すると、時間の経過や使用によって価値が下がったインフラがいっぱい残ります。そういった状況では、欠けたものを金継ぎすると価値が上がったりとか、 風化したものを「さび」と言ってありがたがったりする状況が起こり得るんです。これは極めてソフトウェア的なアップデートですよね。

例えば、70年代にデザイナーが手がけたかっこいいマンションがあるとします。このマンションは「風化してきたタイミングが最も美しい」という「わびさび」の価値観に基づけば、価格が上昇を続けるわけです。つまり、新築のマンションが必ずしも一番高価とは限らないんですね。こういった風化や手入れによって得られる価値に対して金銭的な価値をつけていくと、日本は撤退したインフラから GDP を上げることができるかもしれない。そもそも価値を見出すという行為は文化の本質だし、なおかつ財がないんだったら「わびさび」の文化を高めていくのは非常に正しいと思っています。将来的に人口が増加に転じて、インフラが再開発されるまでは、そういった価値創造をしていくことが勝負になるのではないでしょうか。それは人間も同じで、例えば「100歳に近づいてくると佇まいが良くなる」というように、さびていくプロセスを美に繋げていけば、面白いイノベーションが起こるんじゃないかなと思っています。
*5. 安全な状態が保証されていること
*6. プログラムを実行するために設定する指示情報

テクノロジーによって人類はイルカ化する
テクノロジーによって人類はイルカ化する

最後になりますが、僕は人類がやがてイルカ化すると思っています。イルカって面白い生物で、頭の中にメロンと呼ばれる脂肪細胞の集まりが入っていて、そこに音波を集中させて対象物をスキャンしたりコミュニケーションをとったりしているんですね。簡単に言うと、三次元ソナーとスマートフォンが個体に内蔵されている状態です。一方で、人類にはこういった機能が内蔵されていない。でも、外部装置としてスマートフォンを持ち歩いているし、電波を空間にばらまくことによって、水中にいるイルカと同等のコミュニケーション性能を保とうとしているわけです。

今後我々は、メガネやイヤホンで音声情報と視覚情報を完全に被覆するようになると思うんですけど、最終的にはきっとフレームを使わずに空間自体に情報を出すことが必要になります。例えば、ある状況の時だけ耳に音を届けたり、網膜に直接映像を投影したりといったことです。そうなれば、人類はイルカのように、よりネットワークコミュニケーションが可能な生き物になる。それをどうやって実現するかを、僕はこれからもずっと考えていきます。