stone #2 ─── 「言葉と出会う」歌人 浅野大輝・東北大学短歌会

FOCUS

NDC初の自社プロダクトであるテキストエディタ『stone』。「書く気分を高める」というコンセプトのもと、リリース以来、多くの方にご愛用いただいています。若手歌人の浅野大輝さんも、そのおひとり。短歌への想いやstoneの使用感をうかがいに、stone開発担当の横田とNDC取材チームが仙台を訪ねました。

──── 短歌をつくるときに心がけているのはどんなことですか?


「共鳴」を意識しています。短歌は、「わたし」が基本の詩形ですが、その「わたし」は「あなた」がいないと成り立たない。他者や外界とのあいだで生まれるものや、言葉にしてはじめてわかることを大切にしています。僕自身は「短歌で表現したいこと」が明確にあるタイプではないんです。でも、言葉にしてみることで、そこからあたらしく考えはじめることができる。ある言葉が浮かんだら、口に出したり、関連するイメージを探したりしながら、その言葉と何度も出会うようにしています。そうすると、そこに至る言葉の流れがパッと浮かんできたりする。短歌をつくっているというより、短歌と出会っているような感覚です。

また、短歌は「歌」なので、やはり気持ちよく、おもしろいリズムであってほしい。たとえば『万葉集』などは、声に出した方が絶対おもしろいんです。活字文化以前の歌は、音を意識して楽しむと、よりあらたな発見がある気がします。人から好きだと言ってもらえる自分の短歌も、口にしたくなるものが多いかもしれません。「日本列島へし折れよ」とか(笑)。好きな歌は他人の歌も、自分の歌も、何度も口ずさんでしまいます。

浅野大輝

浅野 大輝

1994年、秋田県能代市生まれ。2009年、作歌を開始。2012年、東北大学短歌会を設立。2013年、「さみしがりやの生態系」30首で歌壇賞最終候補。2015年、「氷雨」30首で塔短歌会新人賞次席。同年より全国高校生短歌大会(短歌甲子園)審査員を担当。2018年現在、塔短歌会所属。短歌同人誌「かるでら」「かんざし」「Tri」参加。旧仮名。
twitter.com/ashnoa

──── stoneと出会ったきっかけや、使用したご感想を教えてください

昨年の夏に、SNSでレビュアー募集を見かけたのがきっかけです。それまでは、なかなかしっくりくるものに出会えなくて、Macの標準エディタをフルスクリーンにして使っていました。紙と同じで、何も手を加えられていない真っ白な画面に書きはじめたかったんです。そういう点では、stoneは僕にとっては理想的です。余白がきちんとデザインされていて、自然と「書こう」という気持ちになります。散文的なものを書くときもそうですが、短歌をつくるときにも余白はとても重要です。旧仮名遣いや詩的表現にいちいち編集記号などが出てくると気が散ってしまうので、機能がシンプルなのも合っています。

──── stoneでは、どんなテキストを執筆されましたか?

最近の依頼原稿は、ほぼすべてstoneで仕上げています。2月に『現代短歌』に発表した評論「共鳴する短歌史」もそうですね。依頼にあわせて字数と行数を設定して、脚注などは特定の記号で囲って編集の方に伝えています。やはり、文字が美しく組まれた状態で書き出せるのはうれしいです。「できあがるとこうなるんだ」というかたちが見えてモチベーションがあがるんです。

──── 詩(短歌)になる言葉とならない言葉に、境界はあるのでしょうか

どんな言葉も、本質的には詩になると思っています。ただ、まだ使い方が発見されていなかったり、文体によっては合わなかったりする言葉もあるかもしれません。たとえば、文語の短歌に「インスタグラム」を使うにはそれなりに工夫が要る。おそらく使いやすいのは、「光」や「湖」など、今まで何度も詩になってきた言葉なんです。そうした言葉を使って、いわゆる詩歌らしさを目指すのもひとつのよさですが、一方であたらしいものを目指す感覚も必要だと思っています。たとえば、「ドブネズミ」という言葉は、詩の言葉らしくはないかもしれない。でも、「ドブネズミみたいに美しくなりたい」とすると、詩が生まれる。「ドブネズミ=きたない」というようにオートマティックな解釈をせず、言葉を反転させたり、意味を逸らしたりすることで、使い方が増えていく。普段の言葉遣いを超える言葉を探していくことで、だんだんと詩の言葉になっていくんだと思います。

※ THE BLUE HEARTSの楽曲「リンダリンダ」の歌詞の一節

──── 東北大学短歌会 歌会レポート

インタビューのあと、会場を移して、東北大学短歌会の歌会の様子を取材させていただきました。東北大学短歌会は、浅野さんが2012年に設立した短歌会です。できてからまもない短歌会ですが、全国の大学短歌会が腕を競い合う「大学短歌バトル」でも過去4回中3回本戦に出場するなど、その実力は確かなものです。浅野さんは、この3月に大学院を修了したばかり。取材当日は、浅野さんを含め、卒業を迎える学生たちにとっては最後となる歌会でもありました。

歌会の参加者は、東北大学の学生12名に、社会人2名も加わった14名。それぞれ事前に題詠(テーマに添って短歌をつくること、今回は「歌」)と自由詠(自由に短歌をつくること)各1首を提出しており、その中から、各自がいいと思った短歌を無記名の状態で選び、互いに評を述べ合いました。また、取材にあたり、stoneを使用して、話題にあがっている短歌をプロジェクターで表示する試みにもご協力いただきました。



「短歌は小説などと比べて短いので、その場でぱっと読んで感想を述べたり、応答したりできるリアルタイム性があるのも魅力のひとつです」と、浅野さんは言います。その言葉通り、歌会でも提出された短歌を巡ってさまざまな意見が飛び交いました。

越田さんの歌に対しては、「ゆっくりと間延びしたような鼻歌の速度と、自然に揺れているブランコの速さのたとえがよく合っている」「『たとへば』という言葉の使い方が上手い。『たとへば』がないと、『ブランコ』と『鼻歌』の距離が離れすぎてしまう」など、たとえの巧みさが指摘されました。

浅野さんの歌に対しては、「『でも』ではじまっているのが印象的。この前に何かがあって、それでも歌は続いていくんだ、という力強い書き出し。最後は『風の庭』という詩的な世界で締めており、その広がりに惹かれた」と、詩的に飛躍のある表現への称賛の声があがりました。

寺門さんの歌に対しては、「一般的によくないものとされる『嘘』を本気で言うのがかっこいい」など後半部分に魅力を感じたという意見があがる一方、「この『普通に』がすごい。投げやりな、冷たい言葉だと感じる」「『ドブ川も夜に光ればきれいだな』で終わる方がきれいにまとまるが、そうしなかったところに作者の意図を感じるし、惹かれる」と、「普通に」という表現についても話題になりました。

歌会の休憩時間には、参加者のみなさんにも実際にstoneに触れていただきました。開発担当の横田からは、stoneの画面に込めた工夫についての話も。「背景の色は、実は真っ白ではなく、ややグレーがかっているんです。文字の色も、純粋なブラックではなくわずかにネイビーで、活版印刷のインクの青みがかった感じをモチーフにしています。そういった細かい部分を調整することで、書き出すときの気分を高めているんです」。このエピソードには「確かに、書くときに細かい部分って大事だよね」などの声があがり、それぞれに関心を持っていただけたようです。

作品や考え方はさまざまですが、短歌会のみなさんに共通するのは、浅野さんと同じく言葉と真摯に向き合う姿勢。入会に際して経験は問わないため、ここではじめて短歌をつくったという人もいるそうです。短歌と出会い、同志と出会い、互いに切磋琢磨しながら、それぞれに書き続けていく。書くことの楽しみや、そこから世界が広がっていく様子を感じることができました。

stoneを起点とした出会いから受けた、さまざまな発見や刺激。これからも、あたらしい言葉や、たくさんの書き手と出会いながら、よりよいプロダクト開発へとつなげていきたいと思います。

〈本記事のロングバージョンを、stoneのWebサイトにて公開中です。〉
https://stone-type.jp/tebiki/263/

日本デザインセンターは
Facebookでも
情報を発信しています。

LIKE TO US