Nippon Design Center

わかりやすさの正体

2025.05.01

世界中の人々がつながる今、ものごとをわかりやすく伝えることは、企業やブランドの価値を高めることに直結しています。NDCはピクトグラムを通して、分かりやすいヴィジュアルコミュニケーションの可能性を探求しています。

Experience Japan Pictogramを通して見えてきたもの

我々はデザインから日本の観光体験を支えるため、日本を訪れるすべてに関心のあるすべての人へ向けたオープンソースの“Experience Japan Pictograms(EJP)”を開発し、2020年に発表した。シンプルでわかりやすい造形、そして「二度目の日本」をキーワードに従来のピクトグラムよりも日本の体験を一歩深く掘り下げた独自性のあるラインアップが特徴のEJPは、静止画だけでなく動画へも展開することで、ユーモアを交えて日本の魅力を紐解いている。誰でもウェブからピクトグラムをダウンロードでき、自由に使用できるEJPは、公開以降も更新をし続け、ピクトグラムの数は今や600を超え、世界の120以上の国から40000回以上ダウンロードされている。
また、発表以来、ポジティブなフィードバックもたくさんいただいている。「日本だけではなく、どの国にも応用できるデザインシステムである」「教育的観点での可能性を感じる」などのご意見は印象的で、サインやマップなどで使用されることを想定した自分たちにとって、とても新鮮な気づきをもたらしてくれるのと同時に、ピクトグラムの潜在的な可能性を再認識することとなった。
その裏付けになっているのは、EJP独自のユニークな視点がある。EJPは単純にピクトグラムだけを提供しているのではない。各ピクトグラムにはテキストを付け、わかりにくい日本の文化や習慣などは動画で説明することで、日本の文化の多様性や、観光体験の魅力を圧倒的にわかりやすく伝えている。つまり、EJPは従来のピクトグラムに求められる性質や一次的機能(施設案内、指示、注意、禁止など)ではなく、現代の日本人の営みを観察し、より高解像度の文化や体験などの二次的情報を説明しつつ、理解や興味へ導くという点が特徴になっている。ここでは、そんなEJPの活動を通して見えてきた、ものごとをわかりやすく伝えることの探究のいくつかをご紹介したいと思う。

我々は何を探っているのか?

そもそもピクトグラムとは何か?一般的にピクトグラムとは、対象となる動作・場所・人・ルールなどの意味を、言葉を使わずに伝えるための視覚的な図である。言語や年齢に関係なく、基本的には、世界中の誰が見ても意味を直観的に理解できるようにつくられている。そしてユニバーサルデザインが求められる公共施設などを中心に、私たちはそれらを日常生活の中で無意識のうちに目にし、利用している。
ものごとの本質を捉える力や違いを描き分ける力を必要とするピクトグラムは、デザインのエッセンスが凝縮されていると言える。
我々はデザイン会社として高品質のピクトグラムをオープンソース化することで、観光体験の円滑で豊かなコミュニケーションをサポートし、デザインを通してより良い社会のために貢献したいと考えている。同時に、その技術を会社共通のデザインスキルとしても共有するために、社内の若手デザイナーを中心にワークショップを行なっている。ワークショップでは、ものごとの形や動きの見極め方、抽象化、アングル、構図の捉え方。そしてグリッドシステムに則った一貫性のあるデザインの定着など、EJPは動画や立体にすることも含めて提案と実践を行いながら、新たなヴィジュアルコミュニケーションの可能性を探っている。

ここからは、EJPが取り組んでいる「動き」と「立体」について少し触れてみたい。例えば、たった1秒の「ちょっとだけ動く」モーションピクトは、人の目を惹きつける「誘目性」を高め、たった1秒の動きだけで、わかりやすさが格段に向上する。このような微差がつくりだす大きな効果は、安全情報など優先順位の高い事項を見てもらう確率を高めるために効果的である。また、日本の複雑な文化やマナーを伝えるアニメーションは、圧倒的にわかりやすいコミュニケーションで、年齢や国籍を問わず、理解や関心を高める手助けとなるだろう。実際に、神社での参拝の際に目にする「手水」や「二礼二拍手一礼」、「温泉の入り方」などは、日本人でも混乱することがあるのではないだろうか。それが海外からの旅行者であればなおさらである。そんな時に、写真や文字で長々と説明するのではなく、約15秒ほどのアニメーションが「参拝の仕方」「温泉の入り方」「相撲の決まり手」などを、わかりやすく、かつユーモラスに伝えてくれるとどうだろう?きっと、その後の体験の質が大幅に変わるだろう。
また、アクセシビリティの観点から「立体」ピクトグラムの価値についてもスタディしている。抽象化されたピクトグラムを立体化することで、物体としてもポイントが強調され、より形状理解が高まる。また、目の不自由な方は実際に立体に触れることで対象をイメージしやすくなるだろう。さらには、単体ではなく複数の立体ピクトグラムを集合させることで、組み合わせによる意味の変化や、配置による空間の把握を直感することができるかもしれない。
 
京都の龍安寺では、枯山水で有名な方丈庭園の近くに目の不自由な方のためのミニチュアの石堤が置いてある。ここでは白砂に置かれた石の配置を、自由に触り確かめることで石庭の配置の妙を理解してもらえるようになっている。
サンパウロでは、多くの美術館が展覧会の立体的なレイアウトマップを入り口付近に展示している風景によく出会った。アクセシビリティの観点から、立体的にものごとを把握することは、理解度と関心を高める上では効果的であることがよくわかる。
ピクトグラムは、抽象化された形だからこそユニバーサルな文脈と相性が良い。そのピクトが動画や立体的な表現へと展開されていくことで、体験の質を高めることができると考えている。

わかりやすく伝えるという価値

世界中の人々が自由につながる時代において、ものごとを分かりやすく伝えることはブランドの信用に直結する。それは、相手のことを思いやる態度そのものとも言えるだろう。わかりやすく伝えるためには、まずものごとの本質を理解した上でヴィジュアライズする必要がある。ニューヨークタイムズやワシントンポストなどのニュースグラフィックは複雑な内容やデータの特性を理解させるために非常に役立つ。IKEAの取扱説明書やUberアプリのUI、ヒースロー空港の入国ステップを伝えるサインは、国籍、年齢、性別問わず理解できる直感的なコミュニケーションを心がけている。そして我々が手がけたデジタル庁のイラストやピクトグラムも、ユニバーサルなデザインを強く意識し、人々に「優しく」メッセージを伝えることを丁寧に考えた。少々大袈裟かもしれないが、わかりやすく伝えるということは、とても創造的なプロセスであり、うまい表現に出会うと、思わず膝を打つほど嬉しくなる。優れたデザインは単に情報を伝えるだけでなく、知的好奇心を刺激するものだと私は信じている。

ヴィジュアルコミュニケーションの可能性

「本質を見極め、可視化する」という理念のもと、我々はさまざまな価値や体験をヴィジュアライズしている。プロジェクトによって提案の方法は様々だが、根源では、デザインがより良い社会のために何をできるか、ということを常に考えている。Experience Japan Pictogramsは、まさにその構想を形にしたものだ。
 
ニュースのような素早さと公共性が求められる場所で、ピクトグラムを効果的に使えないか。政治、テクノロジー、サイエンスなど複雑な情報をわかりやすく伝えられれば、より人々の関心が高まるのではないか。例えばサステナブルの観点から、マイクロプラスチックの含有量のプロセスを説明する際にピクトを用いたビジュアルで説明すれば、世界の共通課題がより身近なものとして理解できるのではないか。来日時に日本の通貨や習慣、マナーなどの旅のヒントをまとめた簡単なガイドシートを観光庁や旅行会社とつくることができれば、日本のもてなしの精神を旅の入り口から感じられるのではないか、等々。新しいアイデアや挑戦したいことが、思考の奥で絶えず巡り続けている。
すでに形になったものも、そうでないものも色々あるが、日本から海外、海外から日本へ進出する企業にとっては、ビジュアルは言語の壁を軽やかに飛び越えていく。例えば、食文化の伝達においてはコンテクストが重要になるが、食材や作り方、美味しい食べ方に至るまで、文字で伝えるよりもビジュアルは圧倒的にわかりやすく説明をすることができる。LAにある十割蕎麦を提供するレストラン「SOBAR」のデザインではEJPを使用し、蕎麦の材料や文化的背景までをわかりやすく説明することを心掛けた。音を立てて食べる蕎麦の食べ方も教えるなど、海外用に目線を下げるのではなく、本格的な食べ方をさらりと教えるアイデアも盛り込んでいる。
様々な領域の中でも特に、ピクトグラムを使った飛行機の安全ビデオは長年つくりたいと思い続けているものの一つだ。伝えるべき情報を端的にわかりやすく、かつユーモラスに伝えることで、内容を伝えるだけでなく、空港会社のエンゲージメントも向上させることができるだろう。

今後ますます国と国の境界がなくなり、自由な情報共有が加速するであろう時代において、「わかりやすく伝える」ことは、今後ますます重要になってくるだろう。ピクトグラムは非常に小さなものだが、その抽象性と普遍性ゆえに、まるで空気のように気づかないところで効果を発揮。そしてこのEJPの取り組みは外務省が世界3都市(ロンドン、ロサンゼルス、サンパウロ)に設置した対外発信拠点施設「ジャパンハウス」で、2025年7月30日より巡回展としてロンドンを皮切りに世界を巡る予定である。我々はこれからも、デザインの観点からより良い社会に貢献するために、ヴィジュアルコミュニケーションの可能性を探り続けていく。

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