NDC LUNCH
MEETING

加藤 貞顕
株式会社ピースオブケイク代表取締役 CEO

Event Date : 2016.03.24

加藤 貞顕 株式会社ピースオブケイク代表取締役 CEO

先進のテクノロジーや独自の発想で、デザインの可能性を広げる人たちがいます。
さまざまな領域を横断し、これからのデザインをともに考える対話の場「NDC LUNCH MEETING」
今回は、出版社の編集者としての経験を生かし、デジタルコンテンツの未来を切り拓くWebメディアの運営などを手がける加藤貞顕さんにお越しいただきました。

編集者の仕事は2つあると思っています───加藤
編集者の仕事は
2つあると思っています
───加藤

加藤

僕は編集者の仕事は2つあると思っています。ひとつは本を作ること、もうひとつはそれを売ることです。我々の仕事というのはクリエイターの思いを形にして伝える、売ることまでがセットですが、現状、出版ではそれが厳しくなってきたと考えています。出版は大正の初めごろから盛んになっていって、大手出版社は今ちょうど100周年を迎えているんです。初めは「作家」という職業の人はほとんどいなくて、夏目漱石や森鴎外も兼業作家でした。メディアとクリエイティブの市場が成立したから、作家が作家の仕事だけで食べていけるようになったんです。この裏側には問屋の仕組みもできて、ファイナンス・クリエイティブ・マーケティングが一体になった市場が完成しました。これが続いたのが100〜130年、逆に言うとそれだけの期間保ってしまったのがすごいことです。当時の出版社たちは、今でいうところのIT企業みたいなものだと思うんです。それまで産業といえば、工場で行われるものづくりに限られていたのですが、メディア産業というのはコピーするコストが劇的に安価で、出版社はすごく儲かった。でも、今はどうでしょうか。電車に乗っていてもわかる通り、みんなスマホやタブレットを触っていて、本や新聞を読んでいる人はほとんどいない。当然売り上げも落ちていて、出版は非常に苦しい事業になってきています。

ネット上でコンテンツを発信して、それをビジネス化していく───加藤
ネット上で
コンテンツを発信して、
それをビジネス化していく
───加藤

加藤

出版の売り上げはピークで2.5兆円あったのが、今1.5兆円くらいになっています。電子書籍も徐々に伸びてはいますが、出版を救うものになるのかというと、厳しいでしょう。ではこの消えた1兆円がどこにいくのか、やはりWebしかないと思っています。ピースオブケイクでは、「テクノロジーと編集力でクリエイターが活躍できる市場をネット上につくる」ということを目指しています。コンテンツ配信サイトのcakesは、一言でいうと「雑誌の再定義」をかたちにしたメディアです。というのは、これまで私たちが雑誌として読んできたものがWebにやってくるとき、PDFをそのまま載せるという方法もありますが、それはやはり違うと思うんです。コンテンツの長さやまとめ方も、メディアが変われば変わらなくてはいけません。

cakes

週150円で13,000本以上の記事を閲覧できるコンテンツ配信サイト。 700名以上のクリエイター、50社以上の出版社と提携している。

加藤 貞顕 Kato Sadaaki
株式会社ピースオブケイク代表取締役 CEO

1973年新潟県生まれ。大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。アスキー、ダイヤモンド社に編集者として勤務。「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(岩崎夏海)、「ゼロ」(堀江貴文)など話題作を多数手がける。2011年株式会社ピースオブケイクを設立。2012年、コンテンツ配信サイト「cakes」をリリース。2014年、クリエイターとユーザーをつなぐWebサービス「note」をリリース。

Webならではの市場が生まれつつあります───加藤
Webならではの市場が
生まれつつあります
───加藤

加藤

cakesに対してnoteはWebの「本」になる存在だと思っています。noteでは投稿者自身が価格設定をして、読者にコンテンツを販売する設定ができるんです。例えば、今流行っているのが、月1,000円で販売している、決算書が読めるようになるという記事。シリコンバレーで仕事をされている起業家の方が書いている記事です。

深津 貴之(THE GUILD代表)

色んな会社の決算書をこれはこう書いてあるんだ、これが面白いところなんだと解説してくれているんです。

加藤

決算書の読み方というか、ビジネスの読み方ですよね。僕はこういうのが本に代替すると考えています。自分でも作っておいてなんですが、本って長いな〜と思うんですよね。ましてやスマホでなんて、絶対ムリ。途中でLINEとか来ちゃいますから。今、分厚い本を読むことって、ちょっとした旅行に行くくらいの決心が必要なんですよ。これは多分みんな同じで、柴田さんの記事のなにが素晴らしいかというと56,000字程度しかないんです。1テーマというか、1イシューですよね。今までは、この1イシューをパッケージ化して売る方法がなかった。紙の本って20ページなんかじゃ利益が出ませんから。でも今はこういった仕組みができて、Webならではの市場が生まれつつあります。

Webファーストの作家がもっと生まれれば───加藤
Webファーストの作家が
もっと生まれれば
───加藤

加藤

cakesでも連載している作家さんで、かっぴーさんという人がいて。別のメディアで原さんが登場した漫画もあったのですが。[おしゃ家ソムリエおしゃ子!(2)

ああ、あれはなかなか面白かったですね。

加藤

彼は初めて生まれたWebファーストの作家だと思っているんです。今まではWebでコンテンツが盛り上がると更新が止まったりして、半年ほど止まったところで「書籍化することになりました」なんてお知らせが上がって、今まで掲載されていたものが消されてしまったり。

深津

そしてその頃にはファンが離れてしまっていて新規流入もないみたいな。

加藤

なんでそうなったかというとWebが儲からなくて出版が儲かったからなんですよね。かっぴーさんのような人がなぜそうならないかというと、Webでばんばん依頼がきて、それで稼ぐことができる。書籍になるかどうかなんて関係ないんですよ。今後は彼のような作家がもっと生まれればと思っています。現在cakesで一番上位の書き手で月30万円ほどの収入になっています。短期的な目標はこれを倍にすることですね。そうなると、編集と作家がふたりで組んで1ヶ月分の生活費程度は稼げるということです。クリエイターがWeb上で食べていけるのであれば、僕らがコンテンツを作らなくても、コンテンツを作りたい人がどんどん出てくるわけですから。そこを目標にがんばっています。

機械が記事を読むことができれば、ダサい広告はなくなる───加藤
機械が記事を
読むことができれば、
ダサい広告はなくなる
───加藤

加藤

そして現在Webメディアの収入源はほぼバナー広告なわけですが、僕はこのWeb広告があまりにもダサいなと思っていて。なんでダサいかっていうと、今の広告は全くコンテンツに紐付いてないんですよ。

鍋田NDC

というと?

加藤

今のWeb広告は、代理店のアドサーバーに広告のリストがあってその在庫の中から表示されているんです。このメディアは40代男性が多いからクルマや時計の広告を載せよう。とか、もしくはユーザーに紐付けて、Googleなんかで検索したワードが反映されるパターン。

有馬NDC

サイトを越えて追っかけてくるやつですね。

加藤

僕の場合だと先週買ったばかりなのに、ソファの広告が延々出てくる。これって僕にとっても、メディアにとっても、広告主にとってもいいことがない。その場所をもっと有効に使えたはずですから。誰も得していないんですよ。

深津

バナー・ブラインドネスというんですけど、ここ5年くらいで人間の脳が最適化され始めていて、スマホでバナー広告サイズの画を見ても、脳のシナプスが発揮しなくなっているそうなんです。自動的に意識から排除してしまうんですよね。

加藤

そう、ただ邪魔なものになってしまっているんです。理由は明らかで、機械、AIが記事を読めないからなんです。AIで記事を読めるようになる、自然言語処理ができるようになると、未来ががらっと変わるんですよ。例えば、村上春樹の小説のページにジャズのCDの広告が載っていれば買う確率は高い。むしろジャズのCDの画が載っていることは、体験としてコンテンツの質さえ高めます。適切な広告が出ていればいいだけだったのに、それが今までできていなかった。広告がなんのためにあるかっていうと、モノやサービスといった商品を売るためなんですよね。であれば、広告と読者のマッチングでなく、商品と読者のマッチングをするべきなんですよ。

純化された世界に住むか、雑踏へ繰り出すか、両方を選択できる───加藤
純化された世界に住むか、
雑踏へ繰り出すか、
両方を選択できる
───加藤

ただ、ニーズとマッチングが整いすぎるとちょっと怖い気もします。テレビいえば、NHKや民放数局を満遍なく見ることで、興味がないものも目に入ってきていたと思うんです。自分の興味があるコミュニティだけに閉じこもってしまえば、そうした雑踏のようなものがなくなる。ほかは一切目に入らなくなると。Webでは、ひとつの場所へ閉じこもるようになっていくのでしょうか?

加藤

現実社会でも、六本木で暮らす人はずっと六本木にいたり。でも、雑踏が好きであえて歌舞伎町に繰り出すという人もいます。多分Web上でも同じようになるのではないかと。Twitterなんかだと、どちらの使い方もできます。好きな人だけフォローすれば自分だけの世界にできるし、僕の場合はあえていろんな年代、いろんな職業の人を沢山フォローするようにしているんです。例えば、なにか大きなニュースがあった時、それぞれ違う反応があることがよくわかって面白いんですよね。

そうすると雑踏になる、と。

加藤

純化された世界と雑踏の両方が選択できるようになるのは間違いないし、多くの人は純化された世界に住むようになるのではないかと。ただ、クリエイターのような、アイデアを作ることが仕事の人、好きな人はWebでも雑踏へ繰り出していくのではないかと思います。