'76 ワコール 「育て。」'82 「好きな色に抱かれたい。」

マーケティング時代を先導する広告

CL ワコール CD・C 粟野 牧夫 AD・D サイトウ マコト P 小林 正昭 PR 大西 孝昌 AG 第一企画

1976年の新聞広告「育て。」は、ワコールの創業30周年の記念広告であった。

オリエンテーションでは、当然のことながら、歴史上の数々の感動的なサクセス・ストーリーが熱く語られた。しかし私達は常々、過去の栄光のストーリーよりも、未来開発力に注目し、感動していた。それはパブリシティなどにより、女性の美意識と下着の精神文化を育てながら、新しい市場を耕していく。つまり、未来の感性市場を育てて、そこに新商品を投入するというワコール独特のマーケティングである。

プレゼンテーションは過去より未来で行こう。未来に向けた「育て。」は、熱気のオリエンテーション会場の片隅で、ひそかに思い浮かんでいたのである。美意識よ、育て! 感性よ、育て! ワコールと一緒に育て! 「育て。」は、未来の女性たちと未来のワコールへの応援歌のつもりであった。

ADのサイトウマコトはモデルとして、なんと幼いヌード美女を3人も登場させた。そのインパクトは当時、小さな話題になった。この3人は、国境を越えて育てというメッセージなのだが、いくら幼いといっても人前でヌードになるのはちょっと抵抗があったようで、口説くのに苦労したと聞いている。あれから34年。彼女たちはどんなに素晴らしい大人の女性に育っているのだろうか。きっと、ワコールと一緒に感性を育て、素敵な大人のおしゃれを楽しんでいるに違いない。そんなことを考えると、胸が熱くなる思いがする。

CL ワコール CD・C 粟野 牧夫 AD 水谷 孝次 D 北谷 茂久 P 与田 弘志 PR 権守 郁夫 AG 第一企画

1982年の「好きな色に抱かれたい。」は、年初のカレンダーから立ち上がって、パブリシティ、ポスター、雑誌広告、SP広告と展開される年間企業キャンペーンであった。この広告だけを見ると、いわゆる顧客とのグッドウィルを得るための共感広告にも見えるかもしれないが、実は次代の需要をつくるための仕掛けが隠されている戦略広告なのだ。

この年のアパレル業界には、「タンス在庫」という言葉が飛び交っていた。その意味は、ご家庭のタンスの中にいっぱい商品が眠っていて、新しい商品が全く売れないという、業界にとっては頭の痛い現象である。下着の場合も例外ではなく、例えばブラジャーの場合、1人平均7.5枚も所有しており、これでは、これまでと同じ感覚の商品をいくら出しても購買意欲が湧くわけがない。非常に厳しい状況であった。

今の若い女性には考えられないことかもしれないが、当時の日本女性の下着の色は、ほとんどベージュか白であった。ベージュは肌色に近いため、薄物のアウターを着た場合に目立ちにくいことと、「お母さんがベージュだったから」みたいな理由で、何の疑いもなく日本女性の常識になっていたのだ。この常識をくつがえすためのコピーが「好きな色に抱かれたい。」である。そのコンセプトは、特殊な女性だけでなく、ごく普通の女性にもカラー下着を楽しんでいただこうというもので、市場の行き詰まり状況を打開する切り札であった。

ADの水谷孝次によるオペークインクを使ったデザインは、実に美しいものであった。特に、駅に貼ってあったB倍ポスターの美しさは、今でも目に焼き付いている。水谷はこの作品でADC賞を受賞した。

こうしたワコールの需要を創造する地道な活動は、いつの間にか、美しい色のランジェリーやファンデーションに抵抗感をなくし、誰もが美しい色を楽しむ時代をつくっていった。今では、誰もがごく自然に、美しい色に抱かれているのではなかろうか。今にして思えば、古い常識を否定し新しい常識を定着させていく作業は、実にダイナミックで楽しいものであった。ワコールは当時、こうした女性の美意識を育てるキャンペーンを毎年行っていた。私たちはその作業を、そのど真ん中で体験できたことは、無類の幸せであった。

粟野牧夫(あわの・まきお)
1936年生まれ。60年明治大学商学部卒後、製薬会社宣伝部、広告代理店等を経て、64年~2003年まで日本デザインセンター在籍。セイコー、ワコール、ニナリッチ、伊勢丹、東芝、トヨタ、ニコン、野村證券、三菱商事、ランドマークタワー、朝日新聞社などを手がける。朝日広告賞、毎日広告賞、日経広告賞、フジサンケイ広告賞、雑誌広告賞、日本DM大賞、TCC賞、ACC賞、新聞広告電通賞、ポスター広告電通賞、消費者の選んだ広告賞など受賞。

デザインのポリローグ 日本デザインセンターの50年(誠文堂新光社)

この記事は弊社の創立50年を記念して発売された書籍「デザインのポリローグ日本デザインセンターの50年」からの再録です。

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