’66
札幌冬季オリンピック シンボルマーク

3つの正方形ユニットが変化するロゴマークのデザイン

シンボルマーク 1971
CL 札幌冬季オリンピック組織委員会 AD・D 永井 一正

1966年10月。札幌でアジアにおける初めての冬季オリンピックの開催が決定された。オリンピック組織委員会では、さっそく公式マークを制定することになり、指名コンペが行われた。指名されたのは、原弘、亀倉雄策、栗谷川健一、田中一光、永井一正、細谷巖、和田誠、仲條正義の8名。制作の条件としては、五輪マークと「SAPPORO1972」の文字を入れること、日本と冬または北海道を象徴することが示された。勝見勝を議長に、河野鷹思、清家清、早川良雄、向秀男と組織委員会から副会長、事務総長を含む4氏によって構成された審査会での審査の結果、私の提出した3点の中から、3つの正方形を縦に積み、日の丸、雪の結晶、五輪マークと「SAPPORO’72」がそれぞれの正方形に収まっているデザインが採用と決まった。

私は最初から、日本を象徴するものとして日の丸を決めていた。亀倉雄策がデザインした東京オリンピックのマークが世界中に広がり、その成功とあいまって好イメージを持たれているため、夏と冬と続けてこのイメージを継承したほうが、世界に分かりやすいと思ったからだ。ところが日の丸は「赤」であるために冬のイメージと正反対になってしまう。それをどう解決するかがデザインをするにあたってのポイントであった。日の丸と雪を同じウェイトで切り離したことが結果的によかったと思う。そして東京オリンピックが金色を使用していたので、銀を用いることにした。

冬または北海道を象徴するものとしての雪の結晶は、現実のとんがった結晶ではなく、日本の古い紋章の中から「初雪」と呼ばれる紋章を選び出し、カーブの線を造形的に整理して、シャープにデザインしなおした。「雪」であると同時に「初雪」であるという、いわば日本における雪の象形文字といえる文化遺産であり、日の丸とよくマッチして、力強い日本美を象徴し得たと思う。

そして最大のポイントが、可変性のあるマークであるということだ。そもそも盛り込むべき象徴内容が多いところを、3つの正方形に整理し、個々の正方形をユニットとして扱い、縦長にも横長にも、正方形にも、あるいは立方体にもいろいろと変化させていくことができる。横断幕は横使い、のぼりは縦使い、バッジは正方形に使われる。シンボルタワーもデザインした。ひとつひとつのユニットが強烈なので、組み立て方が変わってもイメージは全く変わらない。流動的でありながらひとつのイメージを築くことができるという近代性をはらむことができたと思う。

高度経済成長を支えたのは、64年の東京オリンピック、70年の大阪万博、72年の札幌オリンピック、75年の沖縄海洋博と、国家的な大プロジェクトだった。日本初、アジア初の夏季と冬季のオリンピック開催は日本にとって意義深いものであり、日本国中が沸き返り、熱気に溢れていた。72年にもなると、テレビもかなり普及し、人々はジャンプの「日の丸飛行隊」に成長する日本を重ね合わせていた。

これらのイベントがいかに国民を鼓舞していたか。そしてその期待に応えた選手の活躍が、いかに国民の熱気を盛り上げていったか。企業も良い商品があってこそ企業が活きるのであり、商品が良くなければシンボルも冴えない。きちんとした背骨に支えられてこそ、デザインポリシーは活きてくる。これを札幌オリンピックにあてはめれば、イベントの内容とシンボルとの相関関係が後の時代よりもより濃密に形成されたのがこの時代だったといえるだろう。当時の熱気があってこそ、このマークは現在でも意味を持ち続けているのである。

永井一正(ながい・かずまさ)
1929年大阪生まれ。51年東京藝術大学彫刻科中退。60年日本デザインセンター創立とともに参加。現在、最高顧問。多くのCI、マークのほか、80年代後半より動物をモチーフにした「LIFE」シリーズを展開している。主な受賞に日宣美会員賞、朝日広告賞、東京国際版画ビエンナーレ東京国立近代美術館賞、ADCグランプリ・ADC会員最高賞。東京ADC「HALL OF FAME」(殿堂入り)、日本宣伝賞山名賞、亀倉雄策賞、勝見勝賞、毎日デザイン賞、毎日芸術賞、通産大臣デザイン功労賞、芸術選奨文部大臣賞、紫綬褒章、勲四等旭日小綬章、ワルシャワ国際ポスタービエンナーレ金賞・銀賞・特別賞、ブルノ国際グラフィックビエンナーレグランプリ・金賞、メキシコ国際ポスタービエンナーレ第1位賞、モスクワ国際ポスタートリエンナーレグランプリ、ザグレブ国際ポスター展グランプリ、ヘルシンキ国際ポスタービエンナーレグランプリ、ウクライナ国際グラフィックアート・ポスタートリエンナーレグランプリ、アジアパシフィックポスター展(香港)グランプリなど多数。

シンボルタワー 1971
CL 札幌冬季オリンピック組織委員会
AD・D 永井 一正