高度経済成長を支えたのは、64年の東京オリンピック、70年の大阪万博、72年の札幌オリンピック、75年の沖縄海洋博と、国家的な大プロジェクトだった。日本初、アジア初の夏季と冬季のオリンピック開催は日本にとって意義深いものであり、日本国中が沸き返り、熱気に溢れていた。72年にもなると、テレビもかなり普及し、人々はジャンプの「日の丸飛行隊」に成長する日本を重ね合わせていた。
これらのイベントがいかに国民を鼓舞していたか。そしてその期待に応えた選手の活躍が、いかに国民の熱気を盛り上げていったか。企業も良い商品があってこそ企業が活きるのであり、商品が良くなければシンボルも冴えない。きちんとした背骨に支えられてこそ、デザインポリシーは活きてくる。これを札幌オリンピックにあてはめれば、イベントの内容とシンボルとの相関関係が後の時代よりもより濃密に形成されたのがこの時代だったといえるだろう。当時の熱気があってこそ、このマークは現在でも意味を持ち続けているのである。
永井一正(ながい・かずまさ)
1929年大阪生まれ。51年東京藝術大学彫刻科中退。60年日本デザインセンター創立とともに参加。現在、最高顧問。多くのCI、マークのほか、80年代後半より動物をモチーフにした「LIFE」シリーズを展開している。主な受賞に日宣美会員賞、朝日広告賞、東京国際版画ビエンナーレ東京国立近代美術館賞、ADCグランプリ・ADC会員最高賞。東京ADC「HALL OF FAME」(殿堂入り)、日本宣伝賞山名賞、亀倉雄策賞、勝見勝賞、毎日デザイン賞、毎日芸術賞、通産大臣デザイン功労賞、芸術選奨文部大臣賞、紫綬褒章、勲四等旭日小綬章、ワルシャワ国際ポスタービエンナーレ金賞・銀賞・特別賞、ブルノ国際グラフィックビエンナーレグランプリ・金賞、メキシコ国際ポスタービエンナーレ第1位賞、モスクワ国際ポスタートリエンナーレグランプリ、ザグレブ国際ポスター展グランプリ、ヘルシンキ国際ポスタービエンナーレグランプリ、ウクライナ国際グラフィックアート・ポスタートリエンナーレグランプリ、アジアパシフィックポスター展(香港)グランプリなど多数。




