’08
犬島アートプロジェクト サイン計画

地域資産を活かした美術館のサイン計画

CL 直島福武美術館財団 AD・D 小磯 裕司

犬島アートプロジェクト「精錬所」は、瀬戸内海の離島・犬島に残された明治時代の近代化産業遺産「犬島精錬所」の遺構を保存・再生した美術館である。既存の煙突に併設された建築物が現代美術の展示空間であると同時に、精錬所の遺構自体が巨大な美術作品でもある。この施設のロゴマークと施設名称サインの開発という課題に対して、デザイン・プロジェクトとして語るべきことがらを考えてみた。

犬島を訪れた人は、誰しもそのユニークな佇まいに圧倒されることだろう。瀬戸内海の無垢な自然の只中に忽然と聳える煉瓦造りの遺跡群は、時空を超える不思議な眩惑を私達に与える。想像を逞しくすれば、ここは古代インダス文明の遺跡か、エーゲ海のほとりに残されたローマ帝国の辺境城塞か、あるいはSF映画の近未来の廃墟か、そのいずれにもなり得る魔法の景観である。このようなイメージの飛翔を増幅させ、来訪者の脳裏にそれぞれの「ものがたり」を描き出すきっかけとしてグラフィックデザインが機能し得るのではないかと考えた。

手法としては、「明治近代化産業遺産」である犬島精錬所に、「古代ローマ帝国」をタイポグラフィによってオーバーラップさせ、ノンフィクションとしての土着性にフィクションとしての普遍性を重ね合わせる。異なった時間と空間が交錯し虚実入り混じったイメージのプラズマから、来訪者それぞれの「ものがたり」が紡ぎ出されることを期待して、このロゴマークとサインはデザインされた。

サインのディテールを紹介しよう。チケットセンター焼板杉外壁のステンレス標識は、施設への唯一のアクセスである連絡船が入港して最初に仰ぎ見るサイン。この地方特有の伝統的な意匠であり、防潮・防腐壁材である「焼板杉」の壁面にステンレスシルバーの切り文字を装着し、「瀬戸内海の犬島」としての地域性・伝統性とプロジェクトの現代性を同時に表現している。チケットセンター大理石碑文サインは、ロゴマークのもとである古代ローマ帝国碑文(トラヤヌス帝碑銘書体:Trajan)のイメージを人造大理石に彫刻文字を施して表現。瀬戸内の風光・精錬所遺跡の無国籍なた佇まいに古代地中海文明のイメージをオーバーラップさせることで施設景観の印象を時間的・空間的普遍性へと飛翔させる触媒サインである。施設エントランス腐食鉄板サインは、犬島遺構特有の金属成分を含んだ「カラミ煉瓦」と質感的親和性を持つ赤錆鉄柵と一体化したサイン。「精錬所」のロゴタイプは犬島精錬所操業期と同時代の明治初期金属活字書体に基づいており、それを鉄板凸文字として正面入口に装着することにより「近代化産業遺産」犬島精錬所の文化史的価値の根拠を表現している。

あらためてグラフィックデザインとは「何をする仕事」なのか考えた時、このプロジェクトを通して思い至ったことがある。「ロゴマーク」、「サイン」、それ自体が「グラフィックデザイン」なのではない。むしろ、平面・立体/物質・非物質、さまざまな「眼に映るもの」を操作して、その向こう側に新しい「ものがたり」を描き出す営為の総称が「グラフィックデザイン」なのである。つまりは、「もの」に依拠しつつ「こと」をデザインする。例えばサインデザインは広大な建築全体から見ればその物理的質量においてごく微細なものに過ぎないが、時として建築全体の価値を何かしら変えてしまうことができるとすれば、それは「もの」の背後にある「ものがたり」を操るグラフィックデザインの力が起こす小さな魔術であると言うことができる。


犬島精錬所全景 Photo: Taichi Ano(右)

小磯裕司(こいそ・ゆうじ)
1966年東京生まれ。1990年多摩美術大学美術学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒。90年よりNDC在籍。原デザイン研究所を経て、2006年小磯デザイン研究室設立。