無印良品は1980年、当時の流通業界を牽引してきた堤清二とグラフィックデザイナーの田中一光という、ふたりの思想の交感から誕生した。流通の過程で生じる無駄を省き、良い製品を安価で消費者に提供しようという堤氏の考えに、田中氏は豪華を凌駕する「簡素」の美をそこに付与することで応えた。消費が豊かさの象徴のように思われていた時代にあって「工程の点検」「素材の見直し」「包装の簡略化」によって磨かれた40品目の商品は実に大きな覚醒力を、当時の社会に示したのである。
そのアートディレクションを、原研哉が田中一光から引き継いだのは、氏が急逝される半年前の2001年の夏のことである。氏は原に向かって「無印良品は夜も眠れないほど楽しかったんだよ」と語ったという。その日、受け取った資料の中に『無印良品の本』という書籍があるが、表紙の裏には、原研哉が田中一光に送ったファクシミリの原稿が今も挟まっていて、そこには考えた末に無印良品のアドバイザリーボードとアートディレクションを引き受けることにしたこと、そしてWorld MUJIというコンセプトが浮かんできたことが記されている。
2003年以降、無印良品はその年のビジョンを新聞に発言してきた。これらの文章はそれぞれが1,600字程度あるから新聞広告としてはかなり長文であるが、多少無骨であっても時が経っても見直されるような、その時々の思考の経緯がしっかりと伝わることを優先させたいという意図で書かれている。その1年目にあたる2003年は、無印良品が誕生から20年余りを経て、今後どこに向かおうとしているのかを語った「無印良品の未来」、そして、もう一篇には田中一光に宛てたファクシミリに綴られたWorld MUJIの考え方がベースとなっている「地球規模の無印良品」が掲載された。
ビジュアルはボリビアのウユニ塩湖とモンゴル草原の地平線である。360度が平らに見える場所を地球儀の中から2か所選びロケが行われた。写真家は藤井保。写真を、B倍2連というパノラミックな大型ポスターに引き伸ばした時、そこには、シンプルな構図だが大地の象徴的なかたちがこの上なく鮮明に現れた。








