NDC LUNCH
MEETING

内沼 晋太郎
numabooks代表

Event Date : 2015.11.20

内沼 晋太郎 numabooks代表

先進のテクノロジーや独自の発想で、デザインの可能性を広げる人たちがいます。
さまざまな領域を横断し、これからのデザインをともに考える対話の場「NDC LUNCH MEETING」
今回は、ブック・コーディネーターとして本にまつわるプロジェクトの企画やディレクション、
そして「本屋B&B」の運営に携わる内沼晋太郎さんをお迎えしました。

人と本との出会いをつくる仕事―― 内沼
人と本との
出会いをつくる仕事
―― 内沼

内沼

「ブック・コーディネーター」という肩書きを自分で名乗り、人と本との出会いをつくる仕事をしています。本にまつわる実験的なプロジェクトを行う一方で、仕事としては、セレクトショップをはじめとした小売店などに本の売り場を、病院などの公共施設の一角に本の閲覧場所をつくるところからはじまりました。そのほか、「BIBLIOPHILIC」という読書用品ブランドのプロデュース。「DOTPLACE」というWebメディアの編集長。「Stand」という本の表紙をシェアするiPhoneアプリの開発。「これからの本屋講座」という広い意味で本屋になりたい人に向けた講座。「BUKATSUDO」という横浜にできたシェアスペースの空間づくりのディレクションや、最近では先日オープンした「HMV&BOOKS TOKYO」、来年オープン予定の「八戸ブックセンター」のアドバイザー、さらには、『A Film About Coffee』という映画の配給事業もはじめました。

この時代にビジネスとして成立する小さな新刊書店をつくる―― 内沼
この時代にビジネスとして成立する
小さな新刊書店をつくる
―― 内沼

内沼

そんな中で、2012年7月、博報堂ケトルの嶋浩一郎さんと下北沢にオープンしたのが「本屋B&B」です。ぼくらの考えは、電子書籍も、インターネット書店も、全国チェーンの大型書店も、それぞれに違った利便性・楽しさがあるので、全部ある方が豊かだねと。その中で、一番苦しそうな町の小さな新刊書店がなくなるのは嫌だから、これからの時代にビジネスとして成立するモデルをつくろうと思いました。
小さい本屋のいいところは、すべてを見て回れるところ。「あそこに行くと何かある」と期待してもらうための品揃えが重要です。新刊書店はふつう、出版社との間をもつ取次と呼ばれる物流会社から、新刊が自動的に送られてきますが、ぼくらはそれを断って、自分たちが売りたい本だけをセレクトしています。しかしそこには手間とコストがかかるので、本を売ること以外で収益を上げることを考えています。
1つ目は、ビールを飲みながら本を選べること。店名でもある「BOOK&BEER」は響きがキャッチーだし、幸せに聞こえるから打ち出しとしていいねって。2つ目は、家具の販売。本棚などの什器はすべて売り物で、目黒区の北欧ビンテージ家具屋さん「KONTRAST」と提携しています。3つ目は、著者を招いたトークイベントなどを毎日開催すること。平日1本、土日は2〜3本、年間500本近くやっています。ほかにも、雑貨や食品の販売、英会話教室、撮影場所として貸し出すなど、場所を活かすことで相乗効果となりそうなことを複数組み合わせて収益を上げています。
一般的な新刊書店の主な商品は“本”ですが、「B&B」の商品は“本屋”そのもの。あくまでも前提は本の品揃えにこだわることですが、それをやるために本屋自体を価値のあるメディアとして育てていくんです。

内沼 晋太郎 Uchinuma Shintaro
numabooks代表

numabooks代表。ブック・コーディネーター、クリエイティブ・ディレクター。1980年生まれ。一橋大学商学部商学科卒。某国際見本市主催会社に入社し、2ヶ月で退社。その後往来堂書店へ勤務しながら、2003年に、本と人との新しい出会い方を提案するユニット「book pick orchestra」を設立。2006年には、本にまつわるあらゆる課題解決をはかるアイデアレーベル「numabooks」を設立し、現在に至る。2012年、博報堂ケトルの嶋浩一朗氏とともに小さな新刊書店「本屋B&B」を東京・下北沢に開業。そのほか、本のある生活を楽しむための読書用品ブランド「BIBLIOPHILIC」のプロデュースや、これからの執筆・編集・出版に携わる人のためのサイト「DOTPLACE」の編集長をつとめる。著書に『本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本』(朝日新聞出版)、『本の逆襲』(朝日出版社)。

弓場太郎

下北沢を選んだ理由は何ですか。

内沼

最初は浅草を想定していました。古い歴史と外国人観光客という独自の文化がありますが、浅草と言えば、という本屋がない。でもシブヤパブリッシングの福井さんに話したら、本屋は毎日商品が変わるから、自分たちが毎日遊びに行ける場所じゃないとダメだって。それで、ぼくと嶋さんの行動範囲内でたまたまいい物件があったのが、あそこでした。

「B&B」でつくっているイベント自体がある種の「本」だと思っている―― 内沼
「B&B」でつくっているイベント自体が
ある種の「本」だと思っている
―― 内沼

三好NDC

年間500本というイベントは膨大な数ですが、どのような流れで行われるのでしょうか。

内沼

一月に換算すると40本強となります。月に10本企画するスタッフが3人で30本。のこりは店長と書店で働いているスタッフ5人ほどが、2〜3本くらい。それで40本近くになります。元ネタは新刊なので、年間8万点、一日300点くらいあると考えると、切り口はたくさんあります。

三好NDC

「コピーライター3年目ナイト」のようなイベントもやっていますよね。

内沼

どうしても埋まらない日には、たとえ有名な人じゃなくても、「大手代理店の若手コピーライターたちは、一体何に悩んでいるのか」と冠をつけるだけで、興味のある人たちが結構いるものです。ほかにも、映画の公開記念や、ネットサービスの周年記念、Webメディアのリアルイベントなど、声をかけると喜んでやってくれます。基本は新刊イベントですが、本というものを広めにとらえて、おもしろいことをやりたい。「B&B」でつくっているイベント自体が、ある種の「本」だと思っています。

イベント参加者は、本の代金以上の価値を見出している―― 内沼
イベント参加者は、
本の代金以上の価値を
見出している
―― 内沼

奥田透也

ビールを売れば本を売るより利益が上がるならば、“本と出会うことの喜び”は演出なんでしょうか。それとも、本を売ることはやっぱり大切にしていることなんですか。

内沼

ものを買うことの楽しさは絶対あるから、本は売りたいと思っています。読書の何割かは買った時点でスタートしてて、棚に置くだけで読んだ気になってるみたいなことは結構ある。ものとしての本が自分の空間に置かれている意味みたいなものを感じてほしいんです。

奥田

本というものに対しての思い入れをポジティブに変換できるような、買った後のフォローなど、本と人との関係性をどのように構築しようと考えていますか。

内沼

たとえば本の値段は、買う人によっていろんな設定ができるべきだと思っています。一冊の本を100円でも高いと思う人がいる一方で、その一冊で人生が変わった人にとっては何百万円にも変えられない価値にもなる。「B&B」でやっているイベントも、お金の払い方の拡張の一つです。著者にまつわるイベントに参加した人は本の代金以上のお金を払っています。

電子書籍を、人間味あふれるように味わえたらおもしろい―― ドミニク・チェン
電子書籍を、
人間味あふれるように
味わえたらおもしろい
―― ドミニク・チェン

鍋田NDC

リアルな体験を大事にする姿勢の中で、電子書籍についてはどう捉えていますか。

内沼

電子書籍については否定的じゃありません。とくに向いているのは、たとえば新幹線の2時間で一冊読み終われるようなもの。電子書籍の良さは、薄いものも、厚いものもフラットに見えるところです。紙の本だと本の厚みによってお金を払いたい気持ちが変わるけど、電子書籍だとならないんですよね。

ドミニク

電子書籍とリアル本の体験の違いは何か。ぼく自身いまだにわからないんですけど、確実に違いはあって。Kindleを使いはじめて読むスピードが速くなって読む量が増えた反面、引っかかりが減った感じがします。半年後に、こんなの読んだっけって。電子書籍をもっと人間味あふれるように味わうことができたらおもしろい気がしています。

内沼

記憶は、何かとの連想にひも付いて残ると言われています。リアルな本は、表紙や紙の厚み、ページ数、見ている環境にも関係があるけど、Kindleは同じ端末で情報を追いかけるだけだから、記憶になっていかないんだろうと。最近見たサービスで、自分の目は固定したまま、画面上の単語が入れ替わりながら読んでいくというものがあって、すごく速く読めるんです。英語圏では既にアプリがあるらしく、早く日本語版をつくってほしいと思っています。あと、本棚に本を並べていくような“知の体系”をデジタルではしにくい。電子版でも、本の連携がもっと可視化されて、本と本とのつながりがわかるようにしたいですね。

敵は、イージーな情報摂取―― 内沼
敵は、イージーな情報摂取
―― 内沼

ドミニク

ぼくはネットの世界でWebメディアをやっているけど、バズらせたり読み手をハックするような情報が渦巻いている。そういうものに対して、内沼さんはもっとオーセンティックな好奇心で、本というフィジカルなものについての身体感覚を広めようっていう感じがします。全方位戦な気がするけど、内沼さんにとっての“敵”って誰ですか。

内沼

敵があるとしたら、イージーな情報摂取。本当になんとかしたいことの一つは、いわゆるPV至上主義です。クリックがお金に変わる流通の仕方は、コンテンツをどんどんつまらないものにしていく。だから「DOTPLACE」は、タイトルで引っかけてアクセス数を稼ぐようなサイトにはしたくないと思っていて、長くて読み応えのあるコンテンツを掲載しています。
とはいえ、紙の本だっておもしろいものばかりじゃありません。見切りでどんどん流通させて売れなかったものを返品するような、出版流通の流れと似ているとも言えます。出版業界の流通の仕組みをつくり上げてきたこと自体にはリスペクトもありますけどね。

ドミニク

「秘孔を突く」って言葉があるけど、ここを突けばいける、という一番手応えを感じている取り組みは何ですか。

内沼

秘孔というものがあるわけじゃないけど、一番は「B&B」をやっていること。流通会社の流れの中に組み込まれつつも新しいビジネスモデルをやっていて、ここで実績をつくっていくことが、内側からジワジワ変えていくポイントになる。「B&B」をもっと尖らせていくのと同時に、一般化していく、その両方が大事だと思っています。

「本」の部分を、「農業」に置き換えても成立する―― 原
「本」の部分を、
「農業」に置き換えても成立する
―― 原

西條剛史

選書からはじまり、プロダクトやメディアづくりなど多岐にわたっていますが、編集とデザインの概念はどのように行き来しているんでしょうか。

内沼

自分の中ではあまり違うものではありません。そこにある価値を引き出したり、何かと何かを組み合わせて新しい価値をつくっていく、という考え方です。これまでやってきたブランドづくりや場所づくり、映画の配給などの仕事も、今までやってきたいろんなことが活きて、やってるうちにできるようになった感じです。

本の話のように聞こえるけど、「本」の部分を、たとえば「農業」に置き換えても成立すると、最初に直感しました。農業は、産出するもの自体は小さいけれど、そこから得る営みの豊かさみたいなものには可能性がある。書籍と言いながらも、いろんなメディアに対するリテラシーをわかってらっしゃるので、おそらく、どんなことをやっても成立するのかなと思います。

内沼

その通りだと思います。なんで「本」なのかは、自分でもよくわからなくて。学生時代に読んだ佐野眞一というジャーナリストの『誰が「本」を殺すのか』を読んで、出版や本という分野で今までやられていないこと、自分ができることがすごくある気がして、やってみたらやれたというのが半分。残り半分は成り行きな部分もあります。もし自分が農業をやっていたら、いかにそれを多角化していくか、メディア化していくか、というところにきっと携わっていたと思います。
これからは、出版流通を含め、“人が知に出会う環境”に深く関わっていきたい気持ちが強くあります。同時に、全然畑違いの分野から声をかけてもらってその問題を解決していくのも、求められたことへ応える喜びがあるので、自分でもわからないくらい可能性が広がっています。