NDC LUNCH
MEETING

ドミニク・チェン
株式会社ディヴィデュアル共同創業取締役

Event Date : 2014.11.21

ドミニク・チェン 株式会社ディヴィデュアル共同創業取締役

先進のテクノロジーや独自の発想で、デザインの可能性を広げる人たちがいます。
さまざまな領域を横断し、これからのデザインをともに考える対話の場「NDC LUNCH MEETING」
今回は、著作権の仕組みを柔軟にするオープン・ライセンスの普及に取り組まれている一方で、Webにおける新たなコミュニケーションの開発にも積極的なドミニク・チェンさんをお迎えしました。

CCライセンスで、著作権の制御をデザインしたい―― ドミニク
CCライセンスで、
著作権の制御をデザインしたい
―― ドミニク

NDC

ドミニクさんが普及を目指して活動されている「CCライセンス」というものについてお聞きしたいです。

ドミニク

CCライセンスとは「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス」の略で、作り手自身が著作権を制御することを目指すものです。たとえば現在の著作権制度の下では、好きなミュージシャンのポスターをファンが自分のブログに載せると著作権違反になってしまうんですね。でも、そういった悪意のない行動が違反になってしまうのはちょっとおかしいのでは? と感じていまして。
著作権というものは、作り手の権利が完全に守られている状態か、もしくは作者の死後数十年が経過して権利が失効し誰でも自由に作品を利用できる状態かの2通りに分かれています。いわゆる「1か0か」の極端な状態になっているんですが、CCライセンスはその「1-0」の間に6つの段階的な権利を設けています。つまり「こういう条件で私の作品を使っていいですよ」と作り手が意思表示できるんです。そのため、たとえば実験的な作品を多くの人に見てもらいたい場合などは、より著作権が0に近い状態のCCライセンスを作品につけることができます。もちろん、「0に近い」とはいえ著作権が失効しているわけではないので、その作品で収益をあげることも可能です。

NDC

権利にグラデーションをつけるような考え方は非常におもしろいです。

文化をオープンにするという発想を、社会に実装していく―― ドミニク
文化をオープンにするという発想を、
社会に実装していく
―― ドミニク

NDC

CCライセンスは、たとえばどのようなところで使われているのでしょうか。

ドミニク

有名なWebサービスで言えばWikipediaがあります。Wikipediaの記事は全てCCライセンスつきで公開されているので、商用利用や改変をしてもいいんですね。それからYouTubeも、投稿した動画にCCライセンスをつけることができます。あとはTEDの動画などにもCCライセンスがついていますね。
またCCライセンスの他に、日本独自のライセンスとして「同人マーク」というものをご紹介します。「コミックマーケット」などのイベントに代表される同人誌文化が日本にはありますが、そういった人気マンガの二次創作活動を守るために弁護士チームと共に制作したマークです。同人マークを作者が自分のマンガにつけると、「同人誌の制作を公式に認めます」という宣言になるんです。このマークがついている作品なら、ファンの人たちも安心してマンガの二次創作ができますよね。
著作権法を変えるのは簡単ではありませんが、まずはCCライセンスや同人マークなどを広めることで、文化をオープンにしていくという発想を社会に実装していきたいと思っています。世の中の常識と商慣習がマッチしたら、法律も変わらざるを得なくなるはずなので。

同人マーク

ドミニク・チェン CHEN Dominique
株式会社ディヴィデュアル共同創業取締役

1981年、東京都生まれ。フランス国籍。2004年より日本におけるクリエイティブ・コモンズの立ち上げに参加し、2007年よりNPO法人コモンスフィア(旧クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)理事。2008年、株式会社ディヴィデュアルを設立。タイピング記録ソフトウェア「TypeTrace」によって、情報処理推進機構の未踏IT人材発掘・育成事業でスーパークリエータ認定。博士(東京大学、学際情報学)。主な著書に、『電脳のレリギオ』(NTT出版)、『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』(フィルムアート社)、『インターネットを生命化する プロクロニズムの思想と実践』(青土社)など。他、論文多数。

綴られる文字に気配を感じた―― ドミニク
綴られる文字に気配を感じた
―― ドミニク

NDC

オープンライセンス活動の一方で、ドミニクさんはソフトウェアやWebサービスの開発もされているんですよね。

ドミニク

創業のきっかけになったのは「TypeTrace」というソフトウェアです。タイピングした文章を動画のように再生するシステムでして。書き直しなども含めて、キーボードが押された通りに執筆の軌跡が再現されます。これを使って、小説家の舞城王太郎さんが新作の小説を執筆し、それをプロジェクターで投影して展示したことがありました。
もともと一緒に会社をつくった遠藤拓己の「自動ピアノ的なものをキーボードでできないか?」というアイデアから出発し開発したものですが、実際にやってみたら新しい発見があって。舞城さんは覆面作家で、もちろん展示会場にもいらっしゃらないのに、展示を見たファンの人たちが「ここに舞城さんがいる気がする」「舞城さんの気配を感じる」と言うんですね。
その感覚は、開発段階では全く予想していなくて。でも確かに、綴られる文字を見ているだけで気配を感じたり、どういうものの考え方をしているのかということまでなんとなく伝わってきたりするんです。このときに、受け手になって初めてわかることというか、作り手が考えもしなかった感じ方が生まれることがあるんだなと体感しました。

人間の温度が伝わるような場所にしたい―― ドミニク
人間の温度が
伝わるような場所にしたい
―― ドミニク

ドミニク

TypeTraceの他には、「リグレト」というコミュニティサイトの運営をしていました。落ち込んだことを投稿すると、それを見た人たちが励ましのメッセージを送ってくれるという匿名のコミュニティです。「励まされたな」と思ったら、自分の投稿を成仏させることができます(笑)。
これをやっていておもしろかったのが、「匿名なのに荒れなかった」ということです。Webサイトの見え方を工夫したり、裏側で表示される投稿の順をプログラムで自動調節したり、落ち込んでいる人をお説教するのはダメというルールを定めたりするなど、トータルな場のデザインを整備していくことで「匿名か実名か」は関係なくコミュニティの質を保てるということを感じました。

NDC

リグレトには、Web特有の乱暴さみたいなものがありませんよね。

ドミニク

やりとりしている人間の温度が伝わるような場所にしたいと思いまして。利益を最優先するようなWebサービスではなく、人間の自然な感情に寄り添うものをつくりたかったんです。

人間に寄り添うWebサービスとは?―― NDC
人間に寄り添うWebサービスとは?
―― NDC

ドミニク

今の情報環境って、まだまだだと思うんです。ユーザーを機械的に捉えているというか。つまり、人間をハック可能な対象として考えている気がします。経済的な合理性を追求するため、最適なタイミングで情報を提示してクリックさせて広告を出して…という流れに対して、僕たちの身体自体が追いついていかなくなるのではないでしょうか。

コンピューターが人間の欲求を自動的に吸い出すような社会ですよね。

ドミニク

そういった状況は端的に言ってよくないと感じています。おそらく、アルゴリズムの力が強すぎるんですよね。情報システム全体に対して感じていることですが、今後はもっと人間らしい方向へ揺り戻しをかけていかざるを得なくなると思います。

ビジュアルなコミュニケーションとしか言いようのないこと―― ドミニク
ビジュアルなコミュニケーション
としか言いようのないこと
―― ドミニク

NDC

人間らしいサービスの話にも通じるかもしれませんが、ドミニクさんが開発中の写真共有アプリを体験させていただいた際、人との距離が縮まるような不思議な感覚を覚えました。

ドミニク

ビジュアルコミュニケーションアプリ「Picsee」(ピクシー)のことですね。「子どもの写真を家族で簡単に共有したい」という思いをきっかけに開発を始めました。Picseeでは、グループを設定すれば、あとは普段通りに撮影するだけで自動的にグループ内で写真がどんどん共有されていきます。このようなアプリなんですが、使っていくうちに別のおもしろさが生まれてきまして。なんというか、ビジュアルなコミュニケーションとしか言いようのないことが起こるんですね。
友人たちと1年以上組んでいるグループの中で、その中の1人が送ってきた「今日の5枚」みたいな写真を見たときに、「なんだか張り切ってるな」とか「今日はあんまり調子がよくないな」ということが写真から伝わってきたりして。阿吽の呼吸、言わずもがなの関係性みたいなものができてくるんです。

推敲を重ねる印刷の文化を、Webの世界でいかに機能させていくか―― 原
推敲を重ねる印刷の文化を、
Webの世界でいかに機能させていくか
―― 原

ドミニク

この親近感は、PicseeがLINEのようにクローズドなアプリだから生まれるのかもしれません。写真を介して、気軽にコミュニケーションする手段になればいいなと思っています。ピンぼけしててもいいから撮ってみたり、何の変哲もない空の写真を共有してみたり。

非常にリアリティのあるコミュニケーションですよね。Webの中では、そういった生の情報に人気があると感じているんですが、そうすると、整理された破綻のない情報は見向きされなくなっていく…。僕らが追求してきた印刷物というものは推敲を重ねる文化を持っていて、ビジュアルを推敲し言葉を推敲し、間違いのない情報を世に出していく。こうした文化をWebの世界でどう機能させていくか常に考えているんですが、どう思われますか。

ドミニク

もしかしたら、両極端になっていくのかもしれません。編集や推敲によって洗練されたコンテンツと、プライベートなメッセージとしての情報。生の情報だけをやりとりする世界では、きっと落ち着かないですし。

摂取と表現そして受け手のクリエイティビティ―― ドミニク
摂取と表現
そして受け手のクリエイティビティ
―― ドミニク

ドミニク

情報のやりとりそのものについて、よく考えていることがあります。僕らは「情報を伝達する」などと言いますが、厳密に言えば情報は伝達などされないんです。受け手によってつくり変えられるんですね。たとえば、僕がある本を読むと、頭の中で解釈という一種の二次創作が起こっているわけで。情報の流通を、もうすこし作り手と受け手の恊働として捉えたほうがいいのではないかと思っています。情報の「消費と創造」ではなく、「摂取と表現」と呼んでいるんですが。

なるほど。摂取と表現…。

ドミニク

受け手のクリエイティビティを、もっと生かすことができる情報システムのモデルを設計したいですね。著作権の仕組みを柔軟にすることもそうですし、アプリの開発なども根っこの部分は共通していて、人間的で多様な価値を生んでいければなと思っています。