REPORT

ブックデザインの可能性
Books : Can’t get enough! –A Conversation with Irma Boom

Event Date : 2015.09.19

ブックデザインの可能性 Books : Can’t get enough! –A Conversation with Irma Boom

イルマ・ボーム(グラフィックデザイナー)
田中 義久(グラフィックデザイナー)
色部 義昭(日本デザインセンター 色部デザイン研究室室長、アートディレクター)
世界でいま最も注目されるブックデザイナー、イルマ・ボームさんとアーティストの作品集の装丁を数多く手掛ける田中義久さん、そして当社のアートディレクターで色部デザイン研究室を主催する色部義昭、3人によるトークイベント「ブックデザインの可能性」が、2015年9月19日、日本デザインセンターのPOLYLOGUEで開催されました。本に関心を寄せる約120人の方たちが参加した熱気ある2時間の様子をお伝えします。進行は、イルマさんが装丁した本の編集にも携わった編集者の古賀稔章さんです。

本を作ることは私の人生そのもの―― イルマ
本を作ることは私の人生そのもの
―― イルマ

イルマ(イルマ・ボーム)

こんにちは。みなさんご存知のように、私は普段、主に書籍を作っています。イルマ・ボーム・オフィスは本当に小さいオフィスで、私とあと2人のスタッフで仕事を回しています。オフィスではいろいろなことを常に同時進行していますが、私は基本的にはlazy(怠惰)なので、自分を忙しくすることで良い仕事ができていると思っています。
これは私のモノグラフの『Irma Boom: Biography』*1なんですが、本のサイズはとても小さく、載っているロゴはすごく大きい。新しいエディションが出るごとに、3パーセントずつ大きくしていく予定で、ゆくゆくは大きな本になっていくはずです。
本についてはずっと話し続けられるんです。本を作ることは私の人生そのものなので、本について話さないというのは逆に難しいし、この本がそれを物語っていると思います。オランダでこの本が出たときは、オランダの人々はこれをジョークのように受け取りました。でも違います。いつも私が本を作るときは最初に小さなモデルを作るので、これは私にとって重要なものなのです。建築家が建築模型を作るのと同じ感覚だと言えます。
本の小さなモデルは、テキストの配分やシークエンスを見渡すのに最適です。その大型本(38×50センチメートル)として「XXLバージョン」*2も作りました。
印刷物はなくなっていくものだと言われていますが、私は今の時代を「印刷物のルネサンス期」と呼んでいて、印刷物の力を信じています。インターネットでいろんな情報を得ることはできるけれども、それは点在した情報であって、情報が本の形に綴じられ、一つにまとめられたものというのは、永く残るものだと思っています。
また、私は「クライアント」という言葉を使うのが嫌いでお客さまのことを「コミッショナー」と呼んでいます。お客さまと対等に仕事がしたいという思いがあるからです。
アムステルダム大学には、私が携わった本のアーカイブ*3があるんですが、ここに300冊ぐらいある中からいくつかを紹介します。

イルマ・ボーム
Irma Boom

グラフィックデザイナー。アムステルダムをベースに活動し、主にブックデザインを手がける。1991年にイルマ・ ボーム・オフィスを設立。これまでに手がけたコミッションワークは、アムステルダム国立美術館、実業家パウル・フォン・フリンシンゲン (1990-2006)、インサイド・アウトサイド、ニューヨーク近代美術館、クラウス王子基金、プラダ財団、マセラティ、ヴィトラ、NAi出版、国連、 テート・モダン、シャネルなど多数。1992年以降はアメリカのイエール大学でシニア・クリティックを務めており、世界各地でレクチャーやワークショップ を開催している。栄誉あるグーテンベルク賞を歴代最年少で受賞。2014年のヨハネス・フェルメール賞(オランダ王立芸術賞)受賞。

*1『Irma Boom: Biography』(2010年)38×50mmのサイズ

*2『Irma Boom: Biography』XXLバージョン(2010年)38×50cmのサイズ

*3 アムステルダム大学にある、イルマ・ボーム氏の手掛けた書籍のアーカイブ
Photo by Mathieu Lommen

 

これはCHANEL NO.5*4のプロジェクトです。この本はインクが一滴も使われていない本で、エンボス加工のみでできています。なのでぱっと見、盲目の方のための本にも見えますが、これを触ったからといって何かがわかるわけでもありません。エンボスではありますが、実際(文字を)読めます。ただしすごく小さい文字なので、(本そのものが)ほぼアート作品かのようです。

*4 『No. 5 Culture Chanel』(2013年)

 

これはアムステルダムにある国立美術館仕様の切手*5です。Rijksmuseum の方々はこれを見て怒っていましたね(笑)。なぜなら絵画の上を切り取り線が走っているからです。私としては、iPhoneの上で画像をスライドするような感じのものにしたかったんです。

*5 Rijksmuseum(アムステルダム国立美術館)のオリジナル切手

 

こちらは、オランダの歴史上の女性について綴った本『1001 Vrouwen uit de Nederlandse Geschiedenis』*6です。もともとはオンライン上のアーカイブに合ったものをまとめたものです。たくさんのエディターに「どうしてこれを作ったのか」と訊かれました。この本が出るまで、誰もウェブサイトを見た人はいなかったんですが、この1,500ページにわたる本が出版されてからWebサイトの閲覧数が上がったので、やはり本の力はすごいなと感じた一冊です。

*6 『1001 Vrouwen uit de Nederlandse Geschiedenis』(2013年)

 

レム・コールハース『プロジェクト・ジャパン』*7は、みなさんにとってはあまり特別な本ではないかもしれないですが、私にとってはとても興味深く作ったものです。私はこの本を、バンド(帯)が付いていることでとっても日本的だと思っていたんですが、日本語版の編集者に「このバンドを縦に渡しているのは間違っている」とおっしゃっていただいたことで、今はきちんと帯の掛け方がわかって嬉しいです(笑)。

*7 『プロジェクト・ジャパン』(2011年)英語版 『プロジェクト・ジャパン』(2011年)日本語版

イルマさんのアプローチの仕方に感銘を受けました。―― 色部
イルマさんのアプローチの仕方に
感銘を受けました。
―― 色部

色部

僕は他のお二人ほど本の仕事はしていないのですが、たまにブックデザインをやるというスタンスで仕事をしています。普段、サイン計画とか空間のグラフィックを中心に仕事をすることが多いんですけど、そういったいわゆる「空間」と、それ対しての「紙の空間」という意味での本――この二つの繋がりの中でどういう考え方を持ちつつ繋げていくか、ということを楽しんでやっています。
イルマさんは、時に企業であったりアーティストであったりする相手に対して、向こうがこう見てほしいというのとは違う視点を持ち込んだりするなど、そのアプローチの仕方に感銘を受けました。

色部 義昭
Irobe Yoshiaki

日本デザインセンター 色部デザイン研究室室長、グラフィックデザイナー/アートディレクター Website

『本 ―TAKEO PAPER SHOW〈2011〉』(2011年)
「竹尾ペーパーショウ」のアートディレクションの際に制作された書籍。背の部分から覗く3冊の本の存在が、全3章からなる本の構成をダイレクトに示している。

佐藤オオキ『nendo in the box』(2014年)
インテリアデザインスタジオ「nendo」の仕事を紹介する図録。nendoがいつも作成する細やかな模型のサイズ感を、「厚くて小さい」本の佇まいで表現。

『Yoshiaki Irobe:
WALL』図録
(2015年)
2015年9月に行われた色部の個展に合わせて刊行。「街区表示板」を統一しリデザインすることで都市の風景がどう変わって見えるかを検証している。

イルマ

ありがとうございます。プロジェクトを始めるときはコミッショナーより依頼を受けることがほとんどで、自分から「こんなことをやりましょう」と提案することはめったにありません。自分にとって最も重要なのは、一緒に働く人たちが同じ方向を向いていけるかどうかです。そして自分を信じてくれることがとても重要です。

伝達するためのツール/アーカイブするためのツール―― 田中
伝達するためのツール/
アーカイブするためのツール
―― 田中

田中

イルマさんのお話を伺っていると、自分の考え方と方向性が違って面白いです。
僕は最近は現代美術作家さんの作品集や展示会まわりのデザインを手掛けることが多くてこの3年で100冊以上の本を作ってるんですけど、もともと本をたくさん作ることを望んでいたわけではないです。僕はどちらかというと、作家さんと、写真集・作品集を見たいと思っている人の間に「仲介者」として立っているということ以外は自分の存在価値を見い出していません。
たとえば日本には紙が20,000種類くらいあるし、印刷方法も製本方法も職人によってたくさんの種類があるので、そういった環境を駆使していかに作家さんが考えていることを本という媒体に落としていくのか、ということに専念しています。先ほどイルマさんは、本を作る前に用意する、手の中に入るくらいのミニチュアサイズの本を、「建築家でいう模型のようなもの」と話されました。本は建築と違って実寸で模型を作ることもできますが、ミニチュアにする理由があれば教えてください。

田中 義久
Tanaka Yoshihisa

Graphic Designer / Nerhol。美術館をはじめ、コマーシャルギャラリーのV.I計画や、 アーティストの作品集の装丁、デザインを手がける。2014年にはThe Best Photobooks / 米TIME誌、Best Books of 2014 / photo eye、 The 2014 PhotoBook Award Finalist / Aperture Foundationなどに選出。主な受賞にFOAM TALENT賞(オランダ)、JAGDA賞、JAGDA新人賞、BACON PRIZE 、red dot award(ドイツ)がある。また飯田竜太(彫刻家)とのアーティストデュオ「Nerhol」としても活動中。

石内都『Belongings 遺されたもの』(2015年)
「遺品」をテーマにまとめた作品集。作家の意向を承け、石内さんの母親の写真を表紙に使用した。

ホンマタカシ+田中義久『THIRTYFOUR PARKING LOTS』(2015年)
/『SCANDINAVIAN MUSHROOM』(2015年)現代美術作家のエド・ルシェ(1937年〜)の1960〜70年代の写真集のオマージュとして2015年9月に発行された2冊。2014年から続くホンマタカシ氏と田中氏、POST代表の中島佑介氏の共同プロジェクト。

イルマ

小さいサイズの本を用意することによって、自分が今作っているものから距離を置くことができます。実寸ですと、それは考えるためのものではなくて、出来上がったものになってしまいます。小さいサイズは、考える過程においては自分にとても合っています。

色部

今の話はすごく面白いですね。建築家の考え方とまったく同じだと思いました。模型で考えることを多くの建築家がしています。本にもそういう考え方があるのですね。

田中

僕からは、イルマさんにインターネットと紙媒体との関係についてご意見を伺いたいです。ここ20年くらいのインターネットの発達によって紙媒体の立ち位置が大きく変わってきている部分は少なからずあると思います。僕はその変化によって紙媒体がなくなることはまずありえないと思っているし、どちらかと言うと、情報を伝達するためのツールとアーカイブするためのものといった、役割の差別化がよりはっきりしてきたというイメージがあって、後世に残しておくべきものはちゃんと紙媒体にして残していくという考え方で今考えているんですけど、そのあたりをイルマさんはどう考えていますか。

イルマ

本には大きな未来が待っているとは思っていますが、オランダでは印刷所や出版社の倒産が多いのも事実です。ですが本はそれ独自の編集がされて製本されたもので、その特別さがこれからもっと重要になっていくと思います。

古賀

お三方が本を作るプロセスの中で、一番大切だと思っていることと、それが本というものの可能性とどう繋がっていくのかをお聞かせください。

田中

先ほどの話と重複しますが、僕はアーティストが伝えたいことをちゃんと読者に伝えることが一番重要だと思っているので、仲介者の立場としては、専門家として紙や印刷や製本に関するリサーチを重ねて、どんな依頼がきても自分が透明人間のように寄り添える準備をしておきたい、といつも思っています。

本の面白さは、一度綴じてしまうと戻せない不可逆性にある―― 色部
本の面白さは、
一度綴じてしまうと戻せない
不可逆性にある
―― 色部

色部

さっきも田中さんの話にちょっと出ましたけど、インターネットが出てきて本の役割がより明確化されてきたという実感が僕にもあって、その有効性をどんどん押し広げて、可能性を追求していきたいなと個人的にはいつも思っています。
実は僕、クライアントにプレゼンテーションをするときに本を作ることがすごく多いんです。例えば企業のCIを作る時とかも、通常はボードで見せることが多いですが、僕は冊子を作って皆さんのテーブルに配るんです。手元で同じ速度でページをめくっていきながら、これがなぜこの形になったのか、この形になることでどういうビジョンが描かれるのかを、ストーリー仕立てで解説します。それがもし、A4のペーパーを積み重ねただけのものだったりすると、ストーリーの流れが稀薄に感じられたり、クリップが外れて順番が入れ替わったりして、意味が変わって重要なことが抜け落ちてしまうかもしれません。本で面白いのは不可逆性、取り返しがつかないところだと思います。一度綴じてしまうともう戻せない。そういう「切り取れない」ということが大事なポイントとしてあって、それが本の価値でもあるのかなと思いますし、簡単に再現できないものに対する信頼感みたいなものは重要なんじゃないかなと思っています。

イルマ

私はいつもデザインをする過程で、実際にミニチュアの本を作る方法のように、本の中で本を作ります。それが一番の方法だと思っています。それから情報をシェアすることが重要です。例えばプレゼンテーションの時は本の中でデザインしたものを持って行ってプレゼンテーションしたりします。
そして、本を作るということは本の中でエキシビションを構成することでもあるということを、常に意識することが大切です。この3つが重要なポイントです。

※本記事はDOTPLACEによる採録からの抜粋となります。さらに詳しい内容はこちらもどうぞ。