欲望のエデュケーション

Jun 12, 2011

欲望のエデュケーションという言葉が、ここしばらく発想の起点にある。人々の希求に応じてものが生み出されるなら、希求の質がものの質に作用する。おなかの希求に添ってベルトの穴を緩めていくと、しまらないファッションが出現するだろう。「ニーズ」は往々にしてルーズである。だからニーズには教育が必要だ。欲望もエデュケーションも生々しい言葉だが、代わる言葉が見つからない。エデュケーションという言葉には、教育というよりも潜在するものにヴィジョンを与えて開花させるというニュアンスがある。デザインとは、ニーズの質、つまり希求の水準にじわりと影響をおよぼす緩やかなエデュケーションでなければならない。よくつくられた製品にこめられた美意識に触発されて小さな覚醒がおこり、つぼみがふくらむように暮しへの希求がふくらむ。ふくらんだ希求に呼応してものが生み出される、その無数の循環と連繋によって、文化の土壌が出来上がっていく。デザインとは土壌の質への関与なのである。

大人たちのプリンシプル

Jun 12, 2011

大人用のおむつの総数が子供用のそれを抜いたそうだ。あと40年もすると、人口の4割以上が65歳以上だと言われている。寒々しい話である。これを老人社会の到来ととらえてしまってはつまらない。
働く蟻とサボる蟻。その比率は忘れたが、働く蟻ばかりを集めても、サボる蟻ばかりを集めても結局、働く蟻とサボる蟻は同じ比率で分かれるのだそうだ。人間社会も同じではないか。年齢構成がどうあろうと、能動的な人とそうでない人の比率は案外変わらないかもしれない。必要なのは、能動性を「若さ」に集約せず、「成熟」や「洗練」を基軸に価値観を再編することではないか。別の言い方をすると、二十歳でも落ち着いた大人はいるし、還暦を過ぎてはしゃぐ人々もいる。
原デザイン研究所は「大人たちのプリンシプル」という言葉に寄せて、年齢を問わない、落ち着いたものの見方や雰囲気を大事にする価値観を切り出してみたいと考えている。つまり、高度成長や若者文化の喧噪の中で見失ってきた、成熟や洗練を基軸にしたマーケティングである。

犬のための建築

Jun 12, 2011

犬小屋ではない。犬のための建築である。人間は自分たちに都合良く外界環境をつくり変えてきた動物である。機能も心地も人間中心でやってきた。人に優しいことが自然に優しいことだとすら考えている。
実は犬も人間がつくってきたものだ。犬の先祖はオオカミである。ポケットチワワもトイプードルも、ダックスフンドも、アフガンハウンドも、種の交配を人間が支配することで生み出されたものだ。だから今更、原野に帰れと言っても犬は当惑するだろう。犬は人間とともにあることを宿命づけられた存在である。だから、犬と人間のための空間や調度を本気で考えてみる。
具体的には、世界の第一線で活躍する、明快な設計思想を持つ建築家に、品種に合わせて、サイズや行動傾向などの緻密な情報とともに、犬のための建築を依頼する。その成果をウェブサイトで多くの人々と共有する。ユーザーに公開されるのは、CGと図面、そして明快な手順でそれを組み立てるアニメーションである。原寸図面の販売も検討しているが、前提はユーザーが自分で組み立てる建築であること。だからそれが可能な、簡易な建築でなくてはならない。
このプロジェクトは2012年、欧州で展覧会として発表を予定している。

CHINA PROJECT

Jun 12, 2011

大きな経済の活性を追い風にアジアが動いている。高度成長期の日本の経験や反省を踏まえて、経済の進展と文化財の保護・活用が歩調を揃えて進展できるような視点でお手伝いができたらと考えている。中国における歴史・文化の様相は日本と異なり変転が激しいが、彼の地の文化の諸相に対する興味は汲めどもつきない。
2011年、北京を皮切りに巡回する「設計的設計 原研哉2011中国展」を経て中国との関係が深まっていく予感がある。
景徳鎮「御窯」は、生産技術の復元と、歴史遺産を基軸とした複合プロジェクト。中国と言えばCHINA、すなわち磁器である。景徳鎮は、宋/元/明/清の時代における磁器生産の中核。これは窯址・美術資源の運用、博物館、アイデンティフィケーション、観光などを包括する大きなコミュニケーション・デザインのプロジェクトであると考えられる。
襄陽の承恩寺は、新しい禅寺のかたちを構想するプロジェクト。禅を体験する場がいかなる環境・空間であるかを全く新しい視点から考える試みである。寺院はかつて情報文化の先端であった。今日においてそれを問い直す。

観光とホスピタリティ

Jun 12, 2011

戦後六十余年、日本は工業製品をつくることで産業を成り立たせてきた。日本列島は「工場」として利用されてきた。京浜、中京、阪神、瀬戸内、北九州と続く「太平洋ベルト地帯」というヴィジョンは、現在も日本の産業の下地となっている。資源を輸入し、コンビナートで加工し、工場で製品につくり上げて港から船で輸出する。しかし僕らはそろそろ、日本列島本来の魅力に目を向けた方がいい。
日本の国土はその大半を山や森が占め、河川が多い。つまり緑と水に恵まれた内海を持つ列島で、四季の変化に富んだ環境がそこにある。石油や鉱物資源こそ少ないが、いたるところに温泉が湧きだしている。
この恵まれた国土の魅力を捉え直し、繊細、丁寧、緻密、簡潔といった美意識資源をそこに機能させることで、世界の来場者を魅了する、新たな観光国として生長することが出来るはずである。
来場者をもてなすホスピタリティ・デザインと、体験を演出するエクスペリエンス・デザインの可能性をここに感じている。瀬戸内国際芸術祭におけるナビゲーション・デザインや、ホテルのアートディレクションなどは、その端緒をひらくプロジェクトである。